マジカルリンリン11
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 試練をくぐり抜けた彼らの前に現れた、イリヤと名乗る少女。
 彼女は言う。
 自分こそが彼らに与えられる、聖杯の器そのものだと。
 広ーい食堂で、わたしたちはイリヤスフィールと食事を共にしている。ドイツ系であるらしい彼女だけど、用意させた食事は……何故かしゃぶしゃぶであった。何でやねん。この料理だと、さすがに長ーい食卓を使うわけにもいかないのか、大きめのちゃぶ台が2つセットされていた。恐るべしアインツベルン。

「リン、食べないの? お肉なくなっちゃうよ?」
「じょ、冗談じゃないわ。これはわたしの肉よ!」
「ふむ、このままでもなかなかいけますね。胡麻だれも美味しい」

 で、何故わたしは彼女と肉の争奪戦などをやっているのだろう。……ライダー、確かにこの肉は上質だけど、生のまま食べるなよ。

「熱燗、どう?」
「まぁ、般若湯ですわね。是非」
「どーぞ。サクラは?」
「あ、じゃ、じゃあちょっとだけ」

 キャスター、いくらちちでかメイド……リーゼリットっていったっけ……に勧められたからって飲むなよ。こら桜、あんたはまだ早い!

「ふむふむ、シンプルであるが故に素材の味を引き出していて実に絶妙な味ですね。この何種類もあるたれがまた美味だ」
「セイバー、ちゃんと野菜も食べろよ。ああはい、新しい肉」

 セイバーの食欲は相変わらずだ。あんた、数時間前におにぎり山盛り食ったばっかでしょうが? で、彼女の為にいそいそと肉の皿を持ってくるのは士郎。こら待て鞘の主、あんたはセイバーの給仕役じゃなーい! 腹ぺこ騎士は自分1人で食わせておけ、わたしに付き合えー!

「ん、遠坂。肉なくなってるぞ、新しいのいるか?」
「あ、お願い」

 ――ってこらわたし、ナチュラルに頼んでどうするか! わたしの横の席が空いてるんだから、ここに座れと座布団をぱんぱん叩いてアピールしてやる。

「そうじゃなくって。士郎も食べなさいよ、何のためにメイドがいるのよ?」
「トオサカ様のおっしゃる通りです。後は我々にお任せください。肉ですね」
「え……あ、ああ」

 ありがとうちちなしメイド……じゃなくってセラ。彼女の言葉に応じてちょこんとわたしの隣の席に座った士郎に、キープしておいた大きい肉を分けてあげよう。今日は士郎はとっても頑張ったんだから、ご褒美だ。

「はい、どうぞ。士郎、いっぱい食べなさい」
「おう、サンキュー」

 赤い綺麗な色をした肉をお箸でひょいとつまみ、沸騰してる出汁の中に入れてしゃぶしゃぶしゃぶ。赤が少し残ってるくらいで引き上げて、たれに漬けて頂きます。うわ、士郎ってばとっても嬉しそうな顔をしている。うん、わたし幸せかも。餌付けってこんな気持ちなのねぇ。

「凛、顔がにやけているぞ。ほら、追加の肉だ」
「ありがと、アーチャー」
「バーサーカーも、良かったらこちらで食べると良い」
「■■? ■■■■」

 ……あらら、もう1人給仕役がいた。やれやれ、あんた年月経ても中身は一緒なのねぇ。つーかバーサーカーにまで勧めるか、あんたは。ついでに懐くな、バーサーカー。


第11話
―解かれる謎! イリヤスフィールの秘密!―



 そして、嵐のような食事時間はほんとにあっという間に終焉を迎えた。後から食事代払えなんて言われたらどうしようかと思ったけれど、あのちびすけがえっへんと胸を張って「シロウとあなたたちの歓迎会なんだから、全部アインツベルンが持つわよ」と宣言してくれたので助かった。いやほんと、セイバーなんて肉をキロ単位で食べちゃったんではなかろうか。

「うん、お茶も美味しい」

 和食だったせいか、食後にはコーヒーじゃなくて日本茶が振る舞われた。結構ぬるめでこの味というところを見るとどうやら玉露。他にも色々あるからご自由に、ってレストランのドリンクバーか。おのれブルジョワ、少し分けろ。

「はい、みんな行き渡った? それじゃあ、本題に入るわよ」

 『お前のものは俺のもの』なんつー字が書かれたやたら大きい湯飲みを手に、イリヤスフィールが口火を切った。そうそう、そう言えばいわゆるネタバレをして貰う為にわたしたちはここに勢ぞろいしていたんだ。肉が美味しくて忘れかけていたけれど。

「こくこく……そ、そうですね」

 セイバー、そんな必死に飲まなくても誰も取らないからっていうかお代わり自由だから。で、彼女も含めてみんなが姿勢を正す。イリヤスフィールはそんなわたしたちをくるりと見回して、うんと1つ頷いてから口を開く。

「さてと。あなたたち、聖杯戦士の役目についてはどこまで知っているの?」
「――冬木市の霊脈を受け、何年かに一度出現する聖杯を邪悪から守る為に選ばれし戦士。言ってしまえばそういうことでしょう」

 イリヤスフィールの問いにさらっと答えたのはキャスター。その言葉を引き継いで、ライダーが身を乗り出した。長い髪をさらっと掻き上げる仕草はなかなか様になっている。うむ、ちょっと真似してみるつもりだ。

「その聖杯を導く秘宝が聖なる鞘アヴァロン。その主と共に聖杯を手にし、邪悪を討ち滅ぼすのが我らの役目、と心得ておりますが」
「そうね。表向きの役目はそんなところか」

 ライダーの答えに、小娘はうんうんと満足げな顔をしながら頷く。こらちびすけ、『表向き』ってどーゆーことよ? わたしが睨み付けてやると、彼女は1つ頷いてからびしっと指を立てた。うむ、説明してくれる気はあるらしい。

「そもそも、聖杯というモノの説明から入った方が早いわね。何でこの冬木市に聖杯が出現するのか……」

 もう一度全員の顔を見回す。それからイリヤスフィールは、わたしと桜、そして自分を順番に指差しながら言葉を続けた。

「霊脈自体は元からあるもの。だけどそれを受ける聖杯はトオサカ、マキリ、そしてアインツベルンがそうなるように構築したシステム。つまり、冬木の聖杯は人為的に生み出されたもの」

 ――な。

「人為的に……?」
「何故、でしょうか」

 わたしがオウム返しに呟いた言葉の後を、セイバーが簡潔な言葉で引き継いだ。ちらり、とイリヤスフィールの赤い瞳がこちらを見て、それから彼女はまっすぐ自分の前方を見つめる。

「『根源』に至る為。『聖杯』というシステムを構築し、この地に流れている地脈の強大なる力を集約することで根源へと至る道を開く為。『何でも願いが叶う』なんて言うのは、その副産物に過ぎないわ」

 ……は、呆れた。
 確かに、『根源』ていうのが魔術師の最終目的だってーのはわたしも知ってる。全ての魔術師はそこに至る為に修行し、魔力を高め、己を鍛える。自分1人では無理でも子、孫、そのまた子供……と何代もの積み重ねにより、最終的にそこに行き着くのが魔術師のゴール。その積み重ねの歴史が、わたしの左腕に刻まれた魔術刻印。その力を借りたガンドがやたら強力なのは……まぁ、正義の味方たるもの飛び道具の携帯はお約束だから、じゃないだろうか。

「その道程を少しでも縮める為に、わたしたちの先祖は聖杯のシステムを造った、ってことですか」
「そういうこと」

 桜の確認の問いに、肯定の答えが返ってくる。いや、そういうショートカットが駄目だとは言わないけれど、それならそうと先に言わんかい。それに、ショートカットならわたしもしちゃったし。ね、大師父?

「もう少し正確に言うわね。この地に聖杯システムが構築されたのは200年前。当時3家の当主であったトオサカ永人、マキリ臓硯、そしてユスティーツァ=リズライヒ=フォン=アインツベルンの協力により、聖杯システムの大元である『大聖杯』が構築され、それと同時に聖杯を狙う邪悪との戦いが始まったの」

 大師父。確かうちの先祖、正義の味方やらないかーいって勧誘したんじゃありませんでしたっけ? と言うわけでお嬢ちゃん、質問。

「……って大師父が言っていたんだけど、そこら辺はどうなの?」
「ま、リンの言っていることも間違いじゃないわ。そんな強大な力があるって分かれば、悪が放っておくわけないものね」
「確かに……『根源』に至る道を開けるほどの魔力ともなれば、何でも願いは叶うでしょうね。使いようによっては世界征服なんて目じゃないものね」

 世界なんてとうの昔にわたしのモノだけど、とは口の中だけで言っておこう。だって、世界なんてのは自分を中心にした認識じゃないの。だったら、わたしが中心になった世界は当然わたしのものだわ。何か文句ある?

「それで、聖杯を守る為に組織されたのが聖杯戦士ってことか」

 わたしの隣に大人しく座っていた士郎が、ぽつんと呟いた。イリヤスフィールは彼の顔をしばらくじっと見つめてから、そうだよと大きく頷いた。こういう時の笑顔って、割と見た目通りの年齢に見えるんだけどなぁ。何で時々、わたしよりずーっと大人に思えるんだろ。

「でも、その役目は副次的なモノ。本来の聖杯戦士の役目っていうのはね……儀式を行う祭司。もしくは生贄」

 ――そして、何でこんな内容の台詞を平然と吐けるんだろ。
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