マジカルリンリン11
- interlude -
空が赤い。
空気がよどんでいる。
太陽が黒い。
いや、あれは太陽ではない。
太陽と見えるものは孔だ。
中からどろどろと、汚れた泥を吐き出す孔だ。
ほら、もう少しずつだけど何かが滴っている。
邪悪と戦った。
沢山の生命を奪った。
それが使命だったから。
それが、平和な世界に繋がるって信じていたから。
だけど、今目の前で起きているあれは何だ?
奪った生命を糧に、開いた孔はどす黒くて。
世界を平和にする為の力が流れ出してくるはずの門は、毒を垂れ流す孔になっていた。
目の前で、儀式が遂行されていく。
僕は、お前を止めなくちゃならない。
鞘の主として。
お前はモノの誕生は祝福されなければならないと言った。
誕生を邪魔するモノは容赦しないとも言った。
だけど、そいつは生まれちゃいけないモノだ。
僕は、そいつを生まれさせるわけにはいかない。
だから、邪魔をさせて貰うよ。
「セイバー。聖杯を破壊しろ」
- interlude out -
「――っ」
セイバーが、急に胸を押さえた。ああ、彼女だけは前回の戦いを知っている。きっと……何かがあったんだろう。
「セイバー、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です、シロウ」
士郎が彼女の顔を覗き込む。うん、青ざめたセイバーが心配なのはとてもよく分かるけど……駄目だ。そんなことにまでむかつくなんて、わたし結構嫉妬深かったんだなぁ。って、どっちに嫉妬してるんだわたし?
「そう言えば……ズルしてるとか何とか言ってたわね。イリヤスフィール」
ああ、忘れていたことを思い出した。イリヤスフィールも、わたしの夢の中に出てきた大師父も、同じ事を言っていた。即ち、『わたしたちはズルしてここまでたどり着いた』ってことを。
「そうね。それも説明するって言ってたっけ。いいわ、説明してあげる」
こらちびすけ、偉そうに胸を張るんじゃない。このちんちくりんが……と口に出したところで状況が進展しないのは目に見えているので、心の中でだけ叫んでおく。
「セイバー。鞘の主が持つべき知識、というのは分かっているわね?」
「はい。アインツベルンの森に入る為の鍵であり、聖杯を起動させる為の鍵であるということは知っています」
イリヤスフィールの問いに大きく頷いて、セイバーが答えた。うん、それはわたしたちもここに来る前に聞いている。本当なら、士郎は既にその知識を持っているはずだと言うことも。
「そう……それはアヴァロンの中に封印された知識として蓄えられており、聖杯戦士が揃った時に封印が解ける。そして、鞘の主となった者はその知識を元に、聖杯の器を受けるためこの城を訪れるの」
なるほど、そういうことか。わたしたちやセイバーは、起こった事象を外から知っているだけだものね。そういった知識は持ってないんだ。……って……あれ?
「聖杯戦士が……『揃った』時?」
すると、聖杯戦士には定員があるってことか。まぁ、際限無しにぞろぞろ出てくるようなどっかの変身ヒロイン物じゃあるまいし。いや、あれは1つの星に1人だったっけ。まぁほとんど際限がないようなものだ。
「セイバー。前回は結局、何人で戦ったの?」
ここはやはり、先代である彼女に聞くのが一番だろう。全員の視線が集まる中、セイバーは逆にくるりと見回してから口を開いてくれた。
「はい、前回は5人でした。マジカルガンナー・キリツグ、マジカルメイガス・トキオミ、マジカルアーチャーことギルガメッシュ。そして、わたしも名を知りませんがマジカルファーザーと、そしてわたし……マジカルセイバーです」
トキオミ――時臣っていうのはわたしと桜の父さんの名前。ギルガメッシュが先代だって言うのは初顔合わせの時に知っていたけど、他にももう1人いたのね。
「そのうち、ギルガメッシュとマジカルファーザーは聖杯戦士でありながら悪に染まり、最終的にわたしたちと戦いました。倒したはずなのですが……」
セイバーの顔が曇る。そういや、金ぴか相手に倒したはずだって言ってたっけな。すると、もう1人もまだぴんぴんしてる可能性があるんだ。うわーめんどくさ。
「定員が5人でしたら、既に揃っていますね」
ライダーが自分たちを順々に指差しながら首を傾げる。わたしも念のため、各々の名前を口に出しながら数えてみた。
「えーとわたしがマジカルリンリン、桜がマジカルチェリー。マジカルライダー、マジカルキャスター、でマジカルセイバー。確かに5人ね」
「そうね……あら、ちょっと待って」
キャスターも首を傾げた。ところであんた、さっきから酢昆布ばっかり手に取っているようだけど、塩分取りすぎじゃないかしら?
「どうしたんですか? キャスターさん」
桜がお茶を一口飲んでから、彼女の様子に気づいてそちらに視線を振る。うん、何か忘れてる。何か見落としてる。何だろう?
「……セイバー。あなた、先代でしょう?」
「はい、そうですが」
「この場合の定員って、先代は入らないって考えた方がいいんじゃないかしら。だって、今までの聖杯出現時期を考えると先代が残留してる可能性はかなり低いんだから」
――あ?
「……セイバーがカウント外とすれば、まだ1人いないことになりますね」
ずずっと昆布茶をすすりながらライダーが一言。それが答えだ。士郎が顔をしかめているのは、多分彼が昆布茶をあまり好きじゃないからだろう。どろっとした感触が嫌みたい。
「はい、良くできました」
ぱん、と乾いた音が響いた。両手を打ち合わせ、イリヤスフィールがにこにこ笑っている。どうやらライダーの結論が正解、ということらしい。聖杯戦士はまだ全員揃っていない、だから鞘の主が持つはずの知識は封印を解かれていないのだと。
「それじゃあ、まだもう1人、聖杯戦士がいるってことか」
その結論を受け、士郎が腕を組んで考え込む表情になる。そうだ、もう1人捜さなきゃいけないんだっけか。そうでないと、聖杯を起動させる段になっても士郎が知識なし、ってことになってしまう。
「……まさか士郎、アーチャー、あんたらのどっちかじゃないでしょうね?」
とりあえず、一番手っ取り早い可能性を確認してみる。士郎もアーチャーも、先代の聖杯戦士である衛宮切嗣の息子だし可能性はあるわよね?
「あ、違うぞ。俺、耳と尻尾はいやだって親父に断ったから」
「私も同じだ。そもそも私の役目は衛宮士郎の試練であり、聖杯の守護者だからな」
ああああんたら、同じ表情で同じ声でしれっと否定しないでちょうだい。あ、ごめんアーチャー、お茶お代わりくれる?
「聖杯の守護者、ですか?」
桜はあまり魔術関係の知識を持ってない。間桐の家でろくに教育を施されてなかったようだから当たり前なんだけど。まぁ、ここら辺はわたしもあまり詳しくは知らないし、専門家たるイリヤスフィールに任せることにしよう。はい、解説お願い。
「アーチャーはね、既に『座』に存在する英霊なの。彼らの存在に時間は関係ない……だからこそ、こうやって彼から見て過去の世界にでも存在できる。そしてこのアーチャーは、『今回の聖杯を守護し、起動の儀式を滞りなく行う』という目的の為にアインツベルンが召喚した英霊よ」
「もっとも、この身体は人形だがな。『私』自身も、あくまでエミヤと言う名を持つ英霊の分身でしかない」
『座』。生前に名を挙げ、死後に信仰の対象となった者を英霊という。その英霊たちが時間軸から切り離されて、過ごしている場所のこと。……そっか、アーチャーになった士郎はきっと頑張って、頑張って、それで英霊になったんだ。正義の味方になりたくて、なろうとして頑張ったんだ。だけど、だったら何で、今目の前にいるアーチャーはそんなすり切れたような姿なんだろう?
「――凛。私のことはどうでも良いだろう? 今はそれを問題にしている場合ではない」
吐き出す言葉もどこかくたびれていて。うん、アーチャーはいっぱい大変だったんだろう。あー、何だか人生の目標が出来ちゃったぞ。わたしの目の前にいる衛宮士郎を、あんなにくたびれさせてなるもんか。
「……それもそうですね。では、まずは目の前の問題をクリアーすることにしましょうか」
キャスターの言葉に、わたしも含めて一同が思考を切り替える。そうね、アーチャーの問題は後で当人を問いつめよう。何しろ士郎だ、きりきり締め上げれば吐くに違いない。つーか吐かせてやる。待ってなさい。
「とは言っても、目の前の問題って残り1人の聖杯戦士の所在、よね」
「わたしやライダーがアンリ=マユに洗脳されていましたから、残る1人もその可能性を考慮した方が良いのかしら」
わたしとキャスターが、お互いに顔を見合わせてみる。確かに、今ここにいる聖杯戦士のうちキャスターとライダーはアンリ=マユのコマンダーとしてわたしたちの前に登場したんだ。だとしたら、後1人がそうなってないとは言い切れない。何しろ向こうのグランドマスターは聖杯システムを構築した本人・間桐臓硯なんだから、未だ覚醒していない聖杯戦士の捜索や捕獲なんて屁でもないだろう。うわ、めちゃくちゃわたしら不利?
「……まさか、ね」
わたしがよく知ってるアンリ=マユのコマンダーはあと1人。あいつがほんとは聖杯戦士だっていうんなら……うーん、確証がないなぁ。
「しょうがないなぁ。一度士郎の家に帰って作戦練るか。何にせよ、後1人捜し出さないことには聖杯の起動なんてできないんでしょ?」
うん、それがいい。とりあえずはわたしたちのアジトである士郎の自宅に戻って、そこで作戦を練り直す。そして、恐らくは聖杯を狙って来るであろうアンリ=マユとの戦闘に備えなくちゃいけない。何しろあいつら、聖杯の器を自力で持ち出すことは出来ないんだ。そうなると……ギルガメッシュや臓硯がこっちを狙って激しい攻撃を仕掛けてくるなんてのは思いっきりお約束なんだから。
「そうだね。それじゃ、今夜は泊まっていきなさいよ。部屋ならいっぱいあるから、好きなところを使って良いよ」
にこにこ笑いながらさらっと言ってのけるイリヤスフィール。確かにもう夜遅いし、素直にご厚意に甘えることにしよう。だけど、「シロウはわたしの部屋で一緒に寝よ?」は却下だ。士郎をロリコンの道に引きずり込むつもりか、このしろいこあくま。
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