マジカルリンリン11
  - interlude -


 結局、イリヤに押し切られる形で彼女の部屋にお邪魔することになってしまった。うぅ、みんなの視線がちくちく痛いぞ。ここに藤ねえがいないのがせめてもの救いだなー。

「へへ、シロウと一緒だー」

 可愛い寝間着を着たイリヤ。俺はどこから引っ張り出してきたのか、新品のパジャマを着ている。サイズまでぴったりなのはなんでさ?
 で、俺とイリヤは差し向かいで紅茶を飲んでいる。うん、結構良い葉を使ってるな。

「……ほんとはね」

 中身が半分ほどになったティーカップをテーブルに置いて、イリヤはじっと俺を見つめた。真っ赤な瞳に吸い込まれそうで、一瞬俺は身を引く。

「シロウにはもう1つ、話しておきたかったことがあるの」
「俺に?」

 俺の様子を意に介さず、イリヤは話を続ける。その口調が真剣そのものだったから、俺は姿勢を正して彼女の次の言葉を待った。

「前回の聖杯を巡る戦いにおいて、エミヤキリツグを聖杯戦士に指名したのは我がアインツベルン。そのための知識やバックアップも全てうちが行ったわ」
「イリヤの家が、親父を?」
「そう。エミヤキリツグという人物は、魔術師としてではなく魔術使いとしてこの世界に名を馳せる人物。その彼の力が得られれば、アインツベルンは聖杯の力を我が手にできると踏んだのね」

 イリヤが親父を称した『魔術使い』って言葉に、俺はそうなんだと深く頷いた。だって、魔術師ってのは遠坂みたいにいろいろな魔術に精通し、『根源』への到達を最終目的とする人たちのことだ。だけど、親父はそんなこと考えてなかった、と思う。だってそれなら、養子にした俺に自分の魔術を伝え、後継者にしただろうから。

「そして、キリツグはアインツベルンの女との間に、子供を授かった。古き魔術家系と新進の魔術使いの血を引いたその子供は、前回の聖杯を手に入れられなかったアインツベルンによって次なる聖杯の器とされたの」

 イリヤは俺の目をまっすぐ見つめ、淡々と言葉を綴る。今彼女が言ったことが真実だとするならば、つまりそれは。

「……イリヤ。君は……親父の、本当の娘……?」

 俺の問いに、彼女は何も答えなかった。だけど、その赤い目が『本当だよ、シロウ』と語りかけてくる。
 俺は、この子をたった1人にしてしまった、張本人なんだ。父親と引き離し、その身体を改造させた張本人なんだ。

「――シロウは、悪くないんだよ?」
「イリヤ?」

 不意に、きゅっと抱きしめられた。いつの間にか立ち上がっていたイリヤの細い腕が、俺の頭を包み込むように抱きかかえている。……ああ、そっか。彼女に会った時、どこか懐かしい感じがしたのは……イリヤの中に、親父の血が流れているからなんだ。親父が俺を抱きしめてくれた時も、こんな感じだった。うん、やっぱ血は争えないって奴か。

「だって、悪いのはわたしやお母様をほったらかしにして帰ってこなかったキリツグなんだもん。シロウは大怪我して、キリツグに助けられたんでしょ? それならシロウは悪くないもん」

 お互いの鼻先がくっつくかくっつかないかの至近距離でえへへ、と無邪気に微笑んだイリヤの笑顔は、やっぱり親父に似ていた。ええいあのクソ親父、女の子泣かせるなっつったのはどこの誰だよ。きっとイリヤとイリヤのお母さん、あんたが帰ってこなくて泣いたぞ。


 イリヤの部屋には天蓋付きの大きなベッドが1つしかないわけで、必然的に添い寝をする形になる。俺の腕を枕にしてすーすーと寝息を立てるイリヤの髪を指先で梳いてやりながら、俺は説明された事柄を思い起こしてみた。いや、一度に沢山説明されたからなかなか頭の整理がつかなくてさ。

 聖杯と聖杯戦士、そしてアヴァロン。
 人為的に生み出された聖杯。
 遠坂、間桐、アインツベルン。
 1人足りない聖杯戦士。
 聖杯の守護者として喚ばれた俺――アーチャー。

「うーん……なんかごちゃごちゃしてるなー……」

 大体、親父が荷担した前回の戦いで、聖杯は起動したんだ。何で親父は、セイバーに聖杯を破壊するよう命じたんだろう。そこら辺が何か抜けてるような……もっとも、イリヤが知らないなら仕方がないけれど。

「聖杯戦士を裏切った2人なら、何か知ってるのかな……」

 ぼそっと口の中だけで呟いてみた。もっとも、その2人がどこにいるのか、聞いて教えてくれるのかなんて分からない。大体、片方はギルガメッシュだって分かっているけれどもう片方の……えーとマジカルファーザーだったっけ、そいつはどこの誰かも分からないんだから。

「ファーザー、なぁ……」

 そう言えば、教会の神父のこともファーザーって言うよな、とふと思い至る。俺が知っている神父はたった1人……

『どうだ? 正義の味方になるという夢がかなった感想は』

「……まさか、なぁ」

 ああ、そういやあいつ、親父のこと知ってる風な言い方してたよな。話を聞くだけ聞いてみようか……。

 眠りに落ちかけた時、ぽんぽんと大きな手で頭を触られた。多分、バーサーカーだったと思う。うっすらとまぶたを開いてみると、鋭いけれど優しい瞳が俺を見下ろしていた。ああ、もしかしたら見ていたのは、俺の腕の中で眠っているイリヤだったのかもしれないけれど。

「――」

 物言わぬ巨人の瞳は、まるで俺に語りかけてくるようだった。その言いたいことが何となく分かったから、俺はちょっとだけ笑ってみせて言った。

「……うん、大丈夫。イリヤをもう、1人になんてしないから」

 そう言ったら、バーサーカーはちょっと嬉しそうに笑った、ように見えた。


  - interlude out -


 力一杯和食な朝ご飯を堪能した後、わたしたちはアインツベルンの城を後にした。イリヤスフィールはというと、士郎の腕にがっちりしがみついている。おのれ、ちびすけの分際で男と一夜を共にしくさって。まぁいい、お子様はアウトオブ眼中だ。

「リーゼリットさんとセラさんも一緒なんですか?」

 士郎がちらりと背後を振り返って質問を投げかける。うむ、それはわたしも気になっていた。この2人、白のメイド服のままですたすたと森を歩いている。足元結構危ないんだけどな、何だその歩く速度は。大きなボストンバッグ抱えている癖に、めちゃくちゃ早いじゃないか。

「わたしたち、イリヤのお世話役」
「聖杯起動の儀式に必要な品物の扱いは我々しかできません。故にイリヤスフィール様が居を移されるのであれば、我々も同行するのが当然というもの」

 なるほど、抱えている荷物の中身はそれか。そういうことなら、確かにメイドコンビの同行には理由がある。

「……凛。私たちには聞かないのかね?」
「■■■■■■?」

 いや、あんたらには聞くまでもないでしょうが。あんたら2人とも、要はイリヤスフィールの護衛役なんだもの。護衛対象が森を出るんなら当然ついてくるわよねぇ?
 と言うわけで、森に入った時は6人だった集団が、出てきた時には11人いる! なんてことになってしまっていた。ほぼ2倍じゃないの、これ全員士郎の家に住むわけ……あ、キャスターは柳洞寺住まいだから10人か。それでも、本気で合宿所だなぁ。そこのW士郎、何げんなりしてんのよ?

「……いや、食費が……」
「……ああ、セイバーがな……」
「失礼ですね。これでもわたしは自らに制限を掛けているのですよ」

 極太マジックで書いたような縦線を背負っている士郎とアーチャーに、腰に手を当てて怒るセイバー。っていうか、あれで制限していたのか?

「あ、あの先輩。わたしとライダーの分でしたら、貯金下ろしてきますっ!」

 桜が胸元で拳握りつつそう言った。いいなぁ、貯金があって。いやわたしも貯金はあるけども、これは全部魔力を溜めておく宝石の購入資金であって……これじゃあ、ゆくゆくは士郎に養って貰うしかないのかしら。ってわたし、自分が士郎とくっつくこと確定で物事考えてない?

「いや、まだ何とかなるよ。藤村の爺さんが俺の名義で作ってくれた口座があるんだ。そこにまだ少し入ってるから」

 士郎はそう言って桜の申し出を断る。と、彼の腕をしっかり独占しているイリヤスフィールが下からじっと見上げてきて、にやりとこあくまな笑顔を浮かべた。

「食費なら心配しなくていいよ。わたしがちゃんと出してあげるから」

 おのれブルジョワ。だけど……士郎はそんなイリヤにもゆっくりと首を振った。横に。

「いいよ、大丈夫。そりゃ、いざとなったら頼るかも知れないけど……まだ、俺の方で何とかなるからさ」
「そう? ならいいんだけど」

 ほー。あっさり引くところを見ると、士郎の強情さはイリヤスフィールも知ってると見た。と、すすすっと士郎に接近してきたのは唯一彼の懐に頼らず生活しているキャスター。

「それでしたら士郎。柳洞寺から野菜をお届けしましょうか? 檀家さんが大量に持ってきて下さいますから、少しでしたら何とか」
「ああ、一成から時々貰ってるからな。それなら素直に受け取るよ、ありがとうキャスター」

 しまったー、料理人には現物支給が一番だったかー! ぐるりと周囲を見回すと、男除いた全員がわたしと同じ心境に達した顔をしている。まぁ、バーサーカーはどうも表情がないっぽいから、内心どう考えているのか分からないんだけども。
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