マジカルリンリン11
「……天の鎖」

 涼やかな声が響き渡る。と同時に足元から、空中から、木々の間からジャラジャラと無数の鎖が飛び出してきやがった。鎖はあっという間にバーサーカーの巨体を絡め取り、その場に拘束してしまう。てめー、そんなもん隠し持ってたのかよ。

「バーサーカー!」

 ちびすけが、天馬の上から悲鳴を上げる。そうだな、きっとあのちびすけはこのでかい戦士がこうも簡単に囚われるとこなんて見たこたぁねぇんだろうよ。と、そいつを乗せたままの白い天馬が空へと舞い上がった。このやろ、逃げる気かっ!

「逃がすかっ!!」

 思い切り振りかぶり、槍を投げる。心臓は狙わない……うっかり殺しちまう訳にもいかないみたいだしな。

「イリヤ、頭を低くしろ! 行けっ!」

 だが、槍は届かなかった。あの赤毛の小僧がちびすけ越しに弓を構え、矢で俺の槍を撃ち落としやがったんだ。あの狙いの正確さはかなり洒落になってねぇな。しかしあの坊主、弓なんて持ってたか?

「キャスター、サクラ! 中央突破します、援護を!」

 何とか槍を拾いながら着地した俺の上から、さらにライダーが叫ぶ。坊主がバランスを崩して落馬しないよう、その身体をしっかりと抱えていたようだな。彼女の声に呼応して、キャスターとチェリーがずいと足を前に踏み出した。

「参ります! ――!!」
「影たち、どきなさい! メルティちゃん、フェリアちゃん、ご馳走ですよっ!」

 ミサイルじゃ俺には効かないと見て取ったか、キャスターは強い風をまき散らす。その中を、チェリーの放った蟲がばらばらと飛んできて……うわ、俺が盾にした影どもを食い荒らし始めた。えげつなー。けど、その中にあってギルガメッシュの鎖はバーサーカーを解き放つことなく、むしろますます強力に戒めていた。

「ギルガメッシュ! 道を開けよ!」
「おぉセイバー、バージンロードならいくらでも開けようぞ!」

 ……あー、痴話喧嘩してんじゃねーよそこの金髪コンビ。しかしギルガメッシュ、耳と尻尾出しただけの普段着でしかも自分のじゃねぇ剣で、よくあのセイバーと対等に渡り合ってるな。いや、まぁ多少は押されちゃいるんだが。

「行きますっ! 騎英の手綱!!」
「っ!?」

 うわ、拙い! ライダーのやろー、ペガサスで高速体当たりかましてきやがった! さすがにこれは食らうとヤバそうだったから、慌てて飛び退く……あ、そうか。このまま戦闘区域外まで飛んでいけば、鞘と聖杯は無事に脱出成功だな……って、見送ってる場合じゃねぇよ俺! ああっ、キャスターもチェリーもリンリンもとっとと逃げ出してやがるっ! こら待て貴様らー! つーか、何か白い服の女も2人ほどいなかったか?

「■■■■■■!!」

 ……はい?
 地響きのようなうなり声が、ずず、ずずという何かを引きずるような音と共に近づいてくる。そっと振り仰いだ俺の視界に映ったものは……ギルガメッシュの鎖で全身を絡め取られながら、それでも闘志を失わず進んでくるバーサーカーの姿だった。

「……へ、やる気満々かよ……」

 ぺろりと唇を舐める。それから俺は、セイバーと切り結んでいるギルガメッシュに向かって叫んだ。
「そっちは任せたぜ!」
「我に命ずるな、と言ったはずだ!」

 あーはいはい、そう返してくると思ったよ。まぁ邪魔が入る心配はなくなったけどな……よし、と一発気合いを入れて、バーサーカーに向き直る。お前さんになら、俺の奥義を見せてやってもいいかな。

「■■、――■■■■!」

 ざくっ、と重い音が響く。ひょいと飛び退いた俺の元いた場所の地面が、黒曜石の刃でえぐり取られる。悪いな……俺はここで、貴様に殺られる訳にはいかねぇんだよ!

「ちっ……」

 奴からかなり距離を置き、技を繰り出す為に身構える。俺の必殺技は、確実に相手の心臓を貫く文字通りの『必殺』。何しろ因果の逆転――『既に心臓に命中している』という事実を先に作っておいた上で槍をぶっ放す、なんていう反則技を使ってるからな。

「あばよ、門番。刺し穿つ――死棘の槍」

 俺の手から放たれた赤い槍は、まっすぐに鉛色の胸元へと吸い込まれていった。同時に、他の連中が脱出していった方向から剣のような『矢』が撃ち込まれてきたのには、一瞬気づかなかったけれど。


  - interlude out -


「……バーサーカー、死んじゃった」

 ペガサスの上、士郎の腕の中で、イリヤスフィールがぽつんと呟いた。併走しているわたしたちにも、その声ははっきりと聞こえた。

「イリヤ……」
「リーゼリット、何も言わない方が」

 荷物抱えたまま走ってるメイドコンビも、心なしか顔が暗い。それはそうだ、イリヤスフィールとバーサーカーとは一番付き合い長いんだろうしね。

「済みません、お待たせしました!」

 後方から、セイバーの声が追いかけてくる。ギルガメッシュに捕まった時はどうしようかと思ったけれど、アーチャーが何かやらかしたんだろう。ほら、漆黒のごっつい弓を抱えてセイバーと併走している。

「セイバー、無事?」
「はい! ……ですが、バーサーカーが……」
「分かってる」

 足を止めないままの会話。だって、今止まったら多分、あいつらに追いつかれる。こんなところで戦闘なんて避けたい……何しろ今、わたしたちが走ってるのって、民家の屋根なんだもの。ちなみにペガサスとキャスターはしっかり飛行中。この際日が出てるとかそう言ったことは無視だ無視。

「ともかく、士郎の家まで走り抜けるわよ。あそこまで戻れば、例えアンリ=マユに襲撃されてもどうにかなる! ライダー、キャスター! あんたら先行って!」
「分かりました!」
「では、お先に!」

 わたしの指示に、2人は素直に従ってくれた。ペガサスとローブ姿がスピードを上げ、あっという間に消えていく。うむ、とっとと衛宮邸に入ってくれれば小次郎もいるし、何とかなるだろう。で、わたしは自分の後からついてくる桜とセイバー、それにアーチャーとメイドコンビを振り返った。

「さぁ、急ぐわよ! 桜、こんなかっこ学園の誰かに見られてみなさい、明日からがっこ行けないわよっ!」
「え? あ、そ、それは困ります!」
「他のみんなも、急いで戻らないと妙な噂立てられるわよ! ねこみみコスプレイヤーとメイドさんが屋根の上走っていったなんて、怪談にもなりゃしないわ!」
「む……さすがに変な噂を立てられるのは問題ですね」
「カイダンって、1階から2階に上がる?」
「そのカイダンではありません。ですが、確かに困りますね」
「同感だ」

 みんなもわたしに同意見のようだ。最後のアーチャーの台詞と共に、全員の速度がぐんと上がる。目指すは衛宮士郎の家、そしてわたしたちの家。
 バーサーカーが倒されたのは痛い。けれど、きっと彼は最後まで戦士として、イリヤスフィールの守り手として生きたから、わたしは泣かない。泣くのはイリヤスフィールだけで、彼には十分だろうから。

「――安心して、バーサーカー。貰ったものは、ちゃんと守り通してみせるから」

 だから、それだけを誓うことにした。


 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!


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