マジカルリンリン12
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 聖杯の器たる少女イリヤを伴い、衛宮邸へと戻った聖杯戦士たち。
 彼女を守り消えたバーサーカーの思いを胸に、次なる戦いに挑め!
  - interlude -


 ざわざわ、と森の木々が揺れる。我が本拠からここまでは冬木市を横断する形になるのだ、気軽に呼び出すなと私は少々大げさにため息をついてみせた。
 だが、わざわざハイヤーを用意して遠征してきただけの甲斐はあったようだ。ギルガメッシュの足元には、鉛色の巨大な肉の塊が転がっていた。どうやら今回の『門番』のものであるらしい。

「それをどうする気なのだ?」

 ギルガメッシュが、つまらなそうな顔をしてこちらを見る。私は『物体』をちらりと見てから、私の隣に立つ黒衣の少女を見下ろした。

「彼女に任せよう。で、どうするのだ?」
「使えるモノは使わせて貰います。わたしのことはまだ知られていませんしね」

 彼女はくすくすと含み笑いをしながら、それに手を差し伸べる。その足元からじわりと黒い泥がにじみ出て、彼女の指先を伝い鉛色のそれを包み込んでいく。

「……ふん」

 この男は、どうやら我らのやり方をいまいちお気に召さないと見える。腰ポケットに手を軽く突っ込み、感情のない赤い目がこちらを見つめていた。。
 とやっている間に、鉛色の物体は増殖した泥の中に沈んで見えなくなった。仕込みは完了した――ここに留まる必要はもう無い。色の抜けた髪を風になびかせ、少女は無邪気に微笑みながら顔を上げた。

「これでいいですね。それじゃあギルガメッシュさん、戻りますよ」
「我に命令するな」

 憮然とした表情のまま返答する奴には目もくれず、くるりと踵を返す。背後についてくる足音と気配を感じ取りながら、私は口の端を歪めた。笑い、という名の感情を顔に貼り付ける作業は、私にとってはもう慣れたものだ。

「……さて、衛宮士郎よ。お前は私に、どのような喜びをもたらしてくれる?」

 口の中で呟いた言葉は、横を歩む彼女にすら聞き取れなかっただろう。
 その腹に闇を孕む、彼女には。


  - interlude out -


第12話
―動き始めた影! 魔術師バゼット!―



「はっ、やっ、たぁっ!」
「脇が甘い!」

 すぱぁん!
 うむ、胴が入った。念のため、士郎の腹に新聞巻き付けておいてよかったわ。あれじゃ、クッションが無いとアバラにひび入るわ。まったくセイバー、容赦がないったら。

「うわっ! ……く、次っ!」
「……2歩、突っ込み過ぎです!」

 ぱぱんっ!
 今度は面。まともに食らって、おでこを真っ赤に腫らした士郎がばったり倒れた。はぁ、やっぱセイバー相手に剣のお稽古は無理があったな。かと言って、アーチャー相手でも同じことなんだろうけど。年季が違う、年季が。

「……シロウ、1本も取れて無いじゃない」

 わたしの横にちょこんと座ったちびっこが、ぶーと文句を垂れる。そんなこと知るか、と返答してやりたくなったけど、さすがにわたしもそこまでお子様ではありません。

「腕が違い過ぎるのよね。実戦をくぐり抜けてきたセイバー相手じゃお話にならないわよ」
「うーん、確かにそれはそうだけど……シロウって、フェイントとかできないの?」

 腕を組みながら考え込むイリヤスフィール。士郎の性格知ってるでしょ、あんた。

「できる性格だと思う?」
「思わない」

 わたしの反問に一言で返事する。やっぱ分かってんじゃないか、この豆娘。いや別に、ミジンコドチビとかいうつもりじゃないけれど。何なら、髪の毛三つ編みにしてやろうか。

「特訓は一段落か? そろそろ朝食の時間なのだが」

 士郎が立ち上がれないのを見計らったのかどうなのか。ちょうど、道場の入口からアーチャーが顔を覗かせた。途端、毎度のことだけどセイバーが犬耳犬尻尾ぱたぱたぶんぶん、という幻影が見える。ええいもう常備しなさい、それはそれで可愛いから。

「分かりました。今日はこの位にしておきましょう。シロウ、朝食ですごはんですっ起きなさーい!」
「ふぇ……お、おおおきる、おきるからあまり揺すらないでくれ……」

 ……だから、その腹ぺこ魔神ぶりだけは何とかしてほしいなー。士郎がくらくらしてるのは、あんたがまともに面を入れたせいなんだしね。


 森から戻って来てから3つ目の朝である。さすがに学校は藤村先生に頼み込んでお休み、ということにしてしまった。先生は渋っていたけれど、そこら辺は普段から鍛えている口車でこう、うまいこと誤魔化した。ほほほ、伊達に普段生徒会長と口論をしてるわけではありません。
 それと、相変わらず柳洞寺住まいのキャスターも、日中はなるべくこっちにいてくれるようになった。お寺の用事の方は、葛木先生がうまくとりなしてくれた模様……葛木先生ができるか? 多分生徒会長殿が気を利かせたんだろうか。士郎とキャスターがお願いすれば不可能ではなさそうな。
 で、わたしは士郎の様子を見つつ桜の指導も始めてみた。我が妹ながら魔術に関する知識の無さが致命的なので、ともかく基礎知識から詰め込んでいる。幸い我が妹、頭は良い方なのでわたしの詰め込み教育にも追いついてきてくれてる。うん、教えがいがあるなぁ。

「……う、また負けてる……」
「当たり前だ。そう簡単にお前が私に勝ててたまるか」

 そして、食事の時間は士郎にとってはもう1つの試練でもあったりする。何しろ士郎以外にわたし、桜、キャスター、そしてアーチャーと料理人がずらりと揃っている訳で。おまけにアーチャーは単純に考えれば士郎より腕が上な訳で……自然とシビアな味勝負になってるんである。まぁ、セイバーなんかは諸手を上げて大喜びなんだけど。この食っちゃ寝騎士め、何でその生活続けててその体型を維持できるんだ。コツを教えなさい。

「あ、で、でもわたし、先輩のお料理も大好きですっ!」

 う、桜はフォローが早い。これがわたしと桜の差、なのかもしれないなぁ。……はぁ、このままだと桜が衛宮桜になってしまう。できればわたしは士郎を遠坂士郎にしてやりたいんだけどな。だって、アーチャーが『英霊エミヤ』だそうだから。名前を変えればそれだけで違う結果になるだろう、多分。

「……ふ、光栄だな。間桐桜」

 一方、しれっと返してしまうアーチャー。ああ、イコール衛宮士郎ならこいつも『先輩』じゃないか。駄目だこりゃ。

「アーチャー、お醤油を取って下さい。それとお代わりを」

 流れをぶった切るようにセイバーがどんぶりをぐいと突き出してくる。彼女(と藤村先生)だけがどんぶりでご飯を食べているんだけど……セイバー、居候は3杯目を偉そうに要求するものじゃないのよ? つーか朝からその量食うか。以前は朝食取ってなかったわたしにすれば、信じられない量である。

「了解。よく食べるな、セイバー」
「無論です。運動により消費した栄養分を補給する、それが食事というものでしょう?」
「セイバー、あなた燃費悪いのね」

 こちらは寺の食事で慣れたのか、かなり小食っぽいキャスターのツッコミ。一瞬ぐっと喉だか声だかを詰まらせて、慌ててセイバーはキャスターを睨み付けた。

「し、失礼な! これでも燃費は良い方です! で、ですが……」
「美味しいからと言って必要以上に摂取していては、太る要因ですよ」

 ライダーの容赦ないツッコミが、セイバーにとどめを刺したようだ。ああ、つむじあたりから一房だけへろんと生えてるアホ毛がしょぼんと凹んだ。例の幻想犬耳犬尻尾同様、これもセイバーのご機嫌を如実に表している。分かり易くていいなぁ、ああ可愛い。

「そうね。わたしはそれなりに節制しているからいいけれど、セイバーはいくら何でも食べ過ぎだわ」

 最後にちびっこの一言が追い打ちで突き刺さる。あー、セイバーの向こう側に極太マジックで縦線書いた背景を立てておきたい。ごめんねセイバー、でも衛宮家のエンゲル係数は多分、あんたがかなり引き上げてるはずよ。
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