マジカルリンリン12
 メイドコンビが掃除洗濯をまとめて引き受けてくれたおかげで、かなりこちらの負担は軽減されている。さすがに買い物だけは、顔なじみの士郎や桜が出て行った方が安いものも分かるし値引き交渉も出来るからね。で、雑用が減った分だけわたしたちは今後の対策に時間を割いている。以前にアーチャーに頼んでおいた調査結果も、昨夜になってやっと報告を貰った。うん、やっぱりわたしの思った通りだったわ。そんなわけで、朝食後に作戦会議を開くことにした。

「今日は病院に行くわよ」

 わたしがそう言うと、アーチャー以外の全員がきょとーんとわたしの顔を見つめた。代表して質問を返してきたのは、やはりというか士郎で……

「なんでさ?」

と口癖の台詞を一言。まぁ、理由も述べずに行動を告げたわたしが悪かった。故に説明しよう、と古いアニメの口調で切り返してみる。こらそこのおねーさんず、引くな。

「前にさ、藤村先生が入院してた時にお見舞いに行ったじゃない。あの時わたしたちに話しかけてきた女の人、覚えてる?」
「え……ああ、覚えてる。確か片腕がなかったんだよな」

 ちょっと考えて、士郎が答えてくれた。しかしどこを見てるんだあんたわ。普通は顔でしょ顔、いや胸でも良いけれど、一応男の子なんだから。で、士郎の台詞で一緒にお見舞いに行ったメンバーも思い出したようだ。そう、ハーレム状態の士郎とわたしたちに声をかけてきた、赤紫色のショートヘアに泣きぼくろが印象的な、あの彼女。セイバーも思い出したようで、こくんと1つ頷いた。朝食後のデザートにヨーグルトをパクつきながら、だけど。

「ああ、あの女性ですか……でリン、彼女が何か?」
「何となく妙だなーって思ってさ、アーチャーに調査頼んでたんだ。彼女、魔術協会から派遣された魔術師よ」

 ふふん、魔力封じで隠していたようだけどわたしの目はごまかせないわよ。士郎の名前に反応した時に、ほんの少しだけど漏れだした魔力を感じたんだから。だからこそ、わたしは調べようと思った。そして、わたしの考えは間違っていなかったんだ。

「氏名はバゼット=フラガ=マクレミッツ。魔術協会でも武闘派で知られているようだな。封印指定を狩るのが本来の任務だったようだが、今回は聖杯戦士への干渉を命じられていたと言っている」

 わたしの横にさりげなーく座っているアーチャーが、淡々と報告してくれる。何しろ本物だか紛い物だか知らないけれど、『何でも願いを叶えてくれる聖杯』が絡む戦いだものね。魔術協会も……そして聖堂教会も、隙あらばその聖杯をゲットしちゃいたいわけだ。だからこそ教会は綺礼に戦いの監視を命じ、そして協会は手練れの魔術師を派遣した。しかし、封印指定狩りとはまたえらい腕っ節の強そうな姉さんだこと。病院で見た時はそうでもなかったような気がするけど。

「『言っている』とは……まさか、本人と面会したのですか? アーチャー」

 セイバーが僅かに身を乗り出す。その少し怒ったような真剣な表情に、彼はふっと少しだけ顔の筋肉を緩めた。ほんと、こうやって見ると士郎だなぁ。

「そういうことだ。協会及び教会に内密で、という依頼だったのでな。彼女の負傷の原因が分からなかった以上、加害者がそのどちらかの所属ということもあり得る」
「まぁ……考えたくはないけれど、権力抗争なんてこともやってるしねー。アーチャー、続けて」
「了解した。ただし、詳細は彼女の身柄をこちらに保護してから、の方が良かろう。今日、彼女が退院するそうなのでな……こちらに引き込むことは容易かろう。何しろ元々の任務なのだからな」

 アーチャーの言葉に、全員が頷く。もしそのバゼットって人が何かを知っていて、それでアンリ=マユに狙われたんだとしたら……病院を襲わなかった向こうの行動パターンから考えて、退院したところを狙うはずよね。

「では、何名かでその彼女をお迎えに上がりましょうか」
「そうですね。ライダー、一緒に来て下さい。わたし行きます」

 うん、そうだ。さすがに人数が増えすぎた現状を考えると、全員でぞろぞろ動くのはそれこそ目立ちまくりである。さくらいだーは立候補してくれたからいいとして、後は……

「面識のあるアーチャーは当然か。で、わたしも行くわ。セイバーとキャスターは士郎とイリヤスフィールの護衛で……2人をお願い」
「はい、わかりました」
「はい。それでは士郎、午後からはわたしが臨時講師で魔術をお教えしますね」
「う……わ、分かった」
「じゃあ、わたしも手伝ってあげるねー」

 うんうん、聞き分けの良いのは良いことだ。さすがに士郎も、自分の立場というものを理解してくれたようだ。……バーサーカー、あんたの大事なお姫様も、きっと大丈夫だからさ。安心しなさい。じゃあ、善は急げだ。

「それじゃあ桜、ライダー、アーチャー。そのバゼットって人を迎えに行くわよ。他のみんなは留守をお願い……士郎、単独行動は厳禁よ?」
「分かってる」

 わたしが全員を見回して一言。それに対する士郎の返事を合図に、わたしたちは立ち上がった。ああ、ちょっぴり足がしびれてるかも。ごめん士郎、ちょっと足揉んでね。足だけよ、あしだけ!


  - interlude -


「では、お世話になりました」
 残された右腕に荷物をまとめて入れた鞄をぶら下げ、私は医師と看護士に頭を下げた。やっと片腕の生活にも慣れてきたけれど、やはりこの腕で現職復帰は難しいだろうな。機械鎧とやら、とっとと実用化してくれないものか。

「お大事に」

 私の担当だったナースが、花で作ったレイを掛けてくれた。普通なら花束らしいのだが、私は花束と鞄をまとめて持つのは骨が折れるから、とそうしてくれたようだ。なかなか気が利くようだな。

「はい、では」

 もう一度軽く頭を下げて、ゆっくりと足を踏み出す。ついこの間私を訪ねてきた男が、そろそろ迎えに来るはずなのだがな。聖杯戦士の知人だというあの彼はかなり背が高かったが、どこにいるのだろうか。……あいつと同じくらいだったかな、彼の身長。

「――セタンタ」

 本当なら、私は今頃聖杯戦士の協力者としてあいつと一緒に戦っているはずだった。私があの男を信用したばっかりに、あいつは奪われた。悔やんでも悔やみきれない、私の罪。今頃、あいつはどこでどうしているんだろう……?

「……っ!」

 そんな事を考えながら病院の前の大通りに出たところで、気配を感じた。私を訪ねてきた白髪の男のものでも、あの男のものでもない……敵意。
 即座に意識を切り替え、魔術回路をオープンした。早足で歩きながら、気配の位置と数を探る。強めの者が1つ、これが司令塔だろう。それと雑魚が10いくつか。文字通り五体満足な状態ならば、私にとっては取るに足らない数だが……。

「ふん、人前で暴れたくはないか。そうか」

 ただ、一般人も多数通っているこの場所で襲ってこないのはまだありがたかった。幸いこの地には、白昼であってもほとんど無人になっている空間が存在している。そこに行くことは私にとって自滅を意味しているけれど……他人を巻き込んで暴れるほど、私は自己中心的ではないよ。

「……アーチャーとやらには、探させることになるな……」

 せっかく私を迎えにきてくれることになっていたのに、これでは少々面倒だな。ポケットの中からルーン石を取り出して、軽く念を込めた。そのままぽい、と病院に向けて放る。これに気づいてくれればいいのだけれど。

「さて、我々の戦場はここではないよ。相応しい場所へ向かおうか、影ども」

 私はアスファルトを蹴って駆け出した。誰もいない場所へ……冬木中央公園へ。


  - interlude out -
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