マジカルリンリン12
「マクレミッツさんですか? 先ほど退院されましたが」

 病院についても誰も待ってなかったから、受付に行って尋ねてみた。そしたら答えがこれ。うわっちゃー、入れ違いになったかしら?

「姉さん、どうでした?」

 外に出ると、待っていた桜が手を挙げて尋ねてきた。わたしは受付で聞いた台詞を一言一句そのまま、アクセントまで真似してやる。

「……ふむ。迎えに来るまで待っていろ、と言っておいた方が良かったな」
「普通は待ってるものでしょ。ということは……」

 ……病院で襲ってこなかったアンリ=マユ。だけどそれは、『病院から一歩出ればそこは危険地帯』の意味でもある。それが分かっていてなお……いや、分かっているからこそ、バゼットという名前の魔術師はさっさと病院を出たのかも知れない。だとすれば。

「あの……リン、サクラ。このようなものが落ちていたのですが……」

 ライダーがおずおずと、手を差し出してきた。柔らかそうな掌に乗せられていたのは、水色のカラーストーン……しかも、表面にひっかき傷のような文様が刻まれていた。

「わ、綺麗な石ですね」
「えーっと……ルーン文字だっけ、これ」

 少々専門から外れるからわたしもあまり詳しくはないんだけど、これはそうだ。北欧発祥だったっけ、のルーン文字。文字その物に意味があり、魔力を放つもの。ま、同じような効果のある文字やら絵やらなんて、世界中枚挙に暇がないけども。

「……ラーグのルーンか」

 その石をライダーの手の上からつまみ上げ、アーチャーが指先で弄びながら言う。あんた、知識多いわねぇ……使える魔術が乏しい分、知識で補ってきたんだろうか。

「らーぐ、ですか?」

 ごめん、桜。わたしが知識乏しいから、あまりルーンについては教えてなかったわね。って、わたしもよく知らないから、ここはアーチャーの知識に頼ろう。多分文字の名前か読み方だと思うけど。ほら、αをアルファと呼ぶような。

「ああ。ルーン文字はその中に様々な意味を持つ。この文字の意味は水、生命力、肉体治癒力、流れ――」

 くるくる、と濃い色の指の先で水色の石が回転する。なるほど、だから水色の石なのか。うんうんとわたしが頷いていると、アーチャーがちらりとこちらを見たような気がした。あ、何よそのにやけた表情は?

「――導く者」

 ぽい、とアーチャーが石を投げる。かつんと道路の上に落ちた水色の石が、次の瞬間ふわりと地上すれすれに浮き上がった。そして、すーっと勝手に動き始める。『導く者』のルーンを刻んだカラーストーンはその名の通り、わたしたちを導く者としての機能を有していたようだ。ちら、と再びこっちを見たアーチャーの顔は、何だか自慢げ。あんた、どっか子供っぽいところあるのよね。

「あの石に先導させれば、バゼットの居場所にたどり着けるだろう。行くぞ」

 なるほど、わたしが宝石で造り出す使い魔と同じようなものか。ってこら、1人で先に行くなアーチャー! あんた足早いから、先行されると追いつくの大変なのよ!?

「リン、サクラ、急ぎましょう!」
「あ、え、ええ!」
「こら、待ちなさい!」

 ええいちちでかーず、わたしを差し置いて先行するなー! ともかく後を追うぞ、とわたしも道路を蹴った。……だけど、石が進んでいった方向って、ひょっとして……あの公園? いや、人いないけど! この前影と戦ったら、パワーアップしてたじゃないの、あーもぅ!


 アーチャーの背中を追ってずっと駆けていく。たどり着いた先は、やっぱり冬木中央公園、あの死んだ草原だった。激しい魔力の応酬と打撃音で、既に戦いが始まっているのが分かる。

「――投影開始」

 先行していたアーチャーがぴたりと足を止める。すっと左腕を上げてわたしたちを制止し、それからその手を先方へと伸ばした。手の中に出現したのは、黒塗りの洋弓と長い剣だった。剣を矢のようにつがえ、彼がわたしたちを視線で促す。

「着弾と同時に小規模爆発させる。それに紛れろ」

 んな器用なことができるんかい、あんたの投影魔術。……士郎もできるのかな、とちらっと頭の隅で考えたけれど、それは隅に置きっぱなしにした。今は目の前で起こっている事態への対処が先決だ。

「了解! 行くわよ桜、ライダー!」
「はい!」
「承知しました!」

 胸元に手を当てる。父さんがわたしに残してくれたペンダント、聖杯戦士の証。それを服の上から握りしめ、わたしはアーチャーの弓が剣を撃ち出す瞬間を見つめた。

「I am the bone of my sword.」

 ぽつり、と低い声が呟く。次の瞬間剣は『矢』として射出され、薄い色の魔術師と格闘を繰り広げている影たちを切り裂いて着弾……どかーん!

「よっし! Anfang!」
『Anfang!』

 わたしにほんの数瞬遅れて、桜とライダーの声が響き渡った。えーい、アーチャーにお尻見られたかも知れないけど気にしない気にしない! どうせ士郎だ!


  - interlude -


 ぱたん、と本が閉じられる。俺の隣に正座していたキャスターが、膝の上に本を置いてにこっと微笑んだ。遠坂みたいに無邪気だけど、どこか怖いその笑顔。あー、俺って尻に敷かれる運命なのか? こら親父、当然だろうと親指立てるな。

「……さて、ここまでで休憩にしましょうか。根の詰めすぎは良くないわ」

 その縁なし眼鏡は『お色気満々の若き家庭教師』のつもりなんでしょうか、キャスターさん。その眼鏡を外して、ちらっと彼女が向けた視線の先を見る。あ、聴講生だったイリヤが寝ちまってる。やはり子供だし、まだ疲れも抜けていないんだろうな。

「あらあら、寝ちゃって」
「俺が部屋まで連れて行くよ。キャスター、お茶淹れといてくれないかな? セイバーたちに差し入れもしたいところだし」

 すーすーと規則正しい寝息を立てているイリヤを抱き上げながらキャスターに頼む。あ、イリヤ、結構軽いな。

「ええ、良いわよ。あの2人はまだ道場……のようね」

 ちらりと宙を仰いでから彼女が言う。2人、というのは、今セイバーは道場で小次郎と剣を交えているからだ。あの2人、剣を武装とする者同士だしな。ははは、俺が入ったら一瞬でのされちまうなー。

「台所に羽二重餅があるから、それ持っていってやってくれ。小次郎もいるから、和菓子の方がいいだろ?」

 そう言ったらキャスター、はいって大きく頷いた。ああそっか、柳洞寺でもお茶菓子はもっぱら和菓子だもんなぁ。キャスターも好きなんだ、きっと。

「分かったわ。士郎もイリヤスフィールを休ませたら、道場にいらっしゃいな」
「おぅ」

 彼女の誘いに一言返事を返して、俺は自分の部屋を出た。イリヤの部屋は俺の部屋の並び。ベッドのある離れの方がいいかなって思ったんだけど、彼女曰く『きょうだいは隣同士の部屋で寝るものよ』だそうで。そう言えば遠坂と桜、離れで並びの部屋使ってるよなぁ。
 イリヤの部屋に入り、まずは部屋の隅に彼女を横たえる。押入の中から布団を出して敷き、それからイリヤを布団に寝かせた。ってこら、服の裾握りしめないでくれるか? 動けないだろ。

「んー……しろー……」

 イリヤの手を外そうとしたところで、寝言で名前を呼ばれた。ああそうだ、俺はイリヤをひとりぼっちにしないって、バーサーカーと誓ったんだ。……しばらく、このままでもいいかな。

「…………んー……」

 しばらく待っていたら、イリヤがころんと寝返りを打った。その拍子に手が服から外れ、俺はやっとこさ自由になる。ちょっと前に廊下を歩いていく音がしたから、もうキャスターは道場の方に行っているんだと思う。俺の分の羽二重は既にセイバーの胃袋の中、と考えて良さそうだ。

「冷蔵庫に、何か残ってたかな……あ、居間にどら焼きがあったかも」

 イリヤを起こさないようにそっと部屋を出る。居間に足を踏み入れてから見回すと……ああ、あったあった。どら焼きがひとつだけ、ぽつんと残されている。それを手に取ろうとして、視界の端をふとよぎったものに俺の視線が動いた。

「あれ、セイバー?」

 庭の向こう、壁際を歩くセイバーの姿がそこにあった。おかしいな、道場にいるんじゃないのか?

「おい、セイバー何やってんだよ」

 何だか気になって、どら焼きはそのままに彼女の後を追いかけた。何となく髪の色が薄いように見えたのは、俺の気のせいなんだろうか?
 それに――セイバーだっていうのに、何で俺の背筋は冷や汗を流しているんだろう?


  - interlude out -
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