マジカルリンリン12
「とうっ!」

 すーっかり忘れていたお約束なかけ声と共に、わたしたちは戦場へと躍り出た。ふふふ、ビックリしたでしょうバゼットさんとやら。これが聖杯戦士よ!

「マジカルライダー!」
「マジカルチェリー!」
「マジカルリンリン!」

 わたしを中心にびしっとポーズを決める。影たちが襲ってこないのももうお約束だ、いい加減気にしてたらんなことやってられない。さっさと名乗りを済ませてしまおう。

『冬木の平和を守る為! 邪悪の野望を砕く為! 我ら聖杯戦士、ここに見参!』

 あー、どうもレパートリーが貧弱だなぁ……違うってば。で、名乗りが終わったところで背中に庇った彼女を振り返る。うん、あの時のひとだ。間違いない。

「バゼット=フラガ=マクレミッツ、よね。遅れてごめんなさい、迎えに来たわ」
「聖杯戦士……か。私の方こそ、待っていなくて済まなかったな」

 バゼットは指先にルーンストーンを挟んで身構えながら、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる。うわ、さすがは封印指定を相手に回してただけのことはある。その魔力と経験は半端じゃない、ってすぐ分かった。

「しかし、あれは何者だ? 見たところ、魔力の塊のようだが」
「ぶっちゃけそのままです。ですから、物理攻撃はほとんど効きませんが……問題はないようですね」

 ダガーで影を切り裂きながら、ライダーが言う。聖杯戦士の武器には、まぁお約束通り魔力が通ってる。よって物理攻撃が効かない相手にも効果はある訳で。

「え、えっと……このぉっ!」

 桜は、我が遠坂家の魔術倉庫から引っ張り出してきたアゾット剣を振り回している。魔力だけならわたしをぐんと上回る彼女だから、刃を形成する魔力の光がわたしよりも長く伸びてる。うー、プロポーションだけじゃなくこんなところまで負けてるよぅ。おねーちゃん、とっても悔しい。

「Die Flamme, conflagrate unser Feind.」

 で、負けてられないから小粒のルビーを影どもに叩きつけた。わたしの詠唱と共に石から炎が舞い上がり、影を焼き尽くしていく。とりあえず枯れ草に火が移りそうなのは無視しておこう、後で消火すればすむことだし。

「まだ司令塔が別にいるはずだ、気を付けてくれ……ハッ!」

 バゼットが魔力を纏わせた蹴りで影をぶっ飛ばしながら叫ぶ。つーか強いです姐さん、何で負傷入院してたんだろ? まぁ……何かあったんだろうけど、それは後で聞くか。

「司令塔、ですか?!」
「コマンダーかマスターがいるってことです!」

 桜とライダーが同時に影を切り捨てる。確かにそうだ、影だけで攻め込んでくるなんてつまんないこと、あいつらはやらない。だけど、だとしたら……司令塔は、誰?

『……ふふふふふ……』

 突然、背筋がぞっとした。アゾットを構えながら、声のした方向に振り返りながら、わたしはとりあえず自分の耳を疑ってみる。

「ま、まさか……」
「……なんだ、あれは」

 バゼットはいぶかしげな表情を浮かべてる、ようだ。わたしと、桜と、そしてライダーは声の主の姿を視界の中に認め、そしてそれが幻なんじゃないかと思い込もうとした。して、できなかった。

「まさか……どういうことですか、これは」
「嘘でしょう?」
『ふふふ……うそ、なんかじゃないわ』
「どういうことよ……キャスター!」

 そこに立っていたのは、ローブの色が漆黒に変わっていたけれど――間違いなくキャスターだった。敵として戦っていたあの時のままに、フードを深く被っていて、顔はよく見えないけれど。


  - interlude -


「シロウ? シロウ、どこですか?」

 せっかくの休憩時間だというのに、一緒にお茶を楽しむはずのシロウが道場にまるで姿を見せませんでした。わたしは気になって、居間まで来てみたのですが……どこにも、シロウの姿は見えません。お茶が冷めてしまうと、淹れ直す手間が掛かるというものです。彼は何をしているのでしょうか?

「シロウ?」

 彼の部屋、寝かしつけたというイリヤスフィールの部屋、土蔵も覗いてみたのですが、やはりシロウはいません。おかしいですね、単独行動は慎めとリンが口を酸っぱくしていたはずなのですが。

「……リーゼリットかセラにでも尋ねてみましょうか」

 メイドである2人は、いろいろな雑用をこなす為に終日この家のあちこちを回っています。だから、きっとどちらかがシロウを見ているに違いありません。さて、どちらから話を聞くか……?

「あ、セイバー」
「リーゼリット。シロウを見ませんでしたか?」

 廊下で出逢ったのは、片言の言葉を話すリーゼリットの方でした。それにしてもその中華まんのような胸は、一体どうやれば形成できるのでしょうか……い、いえ、別に羨ましいわけではないのですが。

「セイバー、シロウ、連れてったでしょ?」

 ――はい?

「連れてった、ってわたしがですか?」
「そう。シロウ、セイバーおっかけて、家出てった」

 彼女の言葉は片言ですが、そのせいでかえって内容が分かり易い。つまり彼女は、このわたしが! シロウを! 家の外に連れ出したなどと言っているわけですがっ! ……い、いけない、興奮しすぎました。

「存じ上げません。そもそも、今日は道場に籠もってからわたしはシロウとは会っていませんし。キャスターや小次郎がそれを証明してくれるはずです」
「そうだっけ。おかしいなぁ」

 首を捻りながら、リーゼリットはすたすたと歩み去っていきました。残されたわたしは、情報の整理を試みる……までもありません。要するに、シロウはわたしに似た誰かと共に、この家を出て行ったと言うことで……そんなことやりそうなのは奴らのみ!

「キャスター! 小次郎! 一大事ですっ!」

 わたしは二人を呼びながら、道場へと駆け出しました。アンリ=マユが手を下すよりも先に、一刻も早く、シロウの居場所を突き止めねば!


  - interlude out -
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