マジカルリンリン13
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 かつて病院で出会った魔術師バゼットを迎えに出た凛たちを、黒い衣を纏ったキャスターが襲う。
 一方、士郎が衛宮邸から姿を消した。
 セイバーの姿をした、少女を追って。
  - interlude -


「では行って参ります。イリヤスフィール、くれぐれも気をつけてください」
「リーゼリット、セラ、後はお願いね。小次郎を置いて行かなくていいの?」

 既に変身を済ませたセイバーとキャスターが、わたしたちの顔を見比べて言う。セラは全く動かないまま、リーゼリットはどんと胸を叩いて答えた。

「お任せくださいませ」
「だいじょーぶ。イリヤは、わたしとセラで守るから」

 そして、2人に挟まれる位置に座っているわたしは、笑顔を作ってうんと大きく頷いてみせた。そう、わたしは平気だって、セイバーたちを安心させなくちゃ。

「大丈夫よ。それより、早くシロウを探してあげて」
「承知した」

 コジロウもゆったりと頷いてくれた。それから、3人揃って……塀の上から大きく飛び出す。ま、真っ昼間から猫耳猫尻尾で町中を駆け抜けるなんてこっ恥ずかしい真似、してほしくないけれど。

「――さて」

 彼ら3人の気配が無くなったところで、わたしは背後を振り返った。空間に解けていたかのように、黒衣の男がすぅっと姿を現す。白い髑髏の面を着けた、コマンダー・アサシン。彼はさっきからずっとそこにいたのだけれど、その気配遮断能力の高さ故に聖杯戦士たちには気づかれなかった。ま、『暗殺者』であるからには目立っちゃだめだけど。

「聖杯の姫君よ。ワタシの申し出を受けてくれて光栄に思うぞ」
「黙りなさい、イリヤスフィール様に無礼です」

 セラが普段の口調の中に、ちょっぴり怒りを込めている。もっとも、当のわたしは何とも思ってないけれどね。それに……いずれは、やらなければならないことだったから。

「別に構わないわよ。それより、リーゼリット、セラ」

 だからわたしは、毅然とした態度を崩すもんかと心の中で決めていた。わたしはやらなくちゃいけないことをやるだけなんだから。もしこれで、シロウとお別れになるのだとしても。

「荷物の中から、天のドレスを持ってきて」

 シロウ。
 わたし、先に行ってるから早く来てね。
 待ってるから。


  - interlude out -


第13話
―黒き剣士! 明かされる言峰の正体!―



『あら。私だっていうことがそんなに信じられない?』

 黒いローブのキャスターが、くすくすと冷たい笑い声をあげながら言う。信じられない、というか信じていない、んだけどね、わたしは。

「……あなた、誰ですか」

 じゃらりと鎖のついたダガーを構えてライダーが問う。その質問に、『キャスター』は一瞬惚けたような顔をして、それから声高らかに笑い始めた。うーむ、こういうところはキャスターっぽいんだけどな〜。

『あはははは……! 何を言っているのライダー!? 私はご覧の通り、あなたも良く知っているキャスターよ!』
「黙りなさい!」

 ダガーが投擲される。だけど、その刃、っていうか針は『キャスター』には届かなかった。彼女の目の前に現れた、骨だけの兵士によってはたき落とされたからだ。

「って、竜牙兵っ!?」

 ドラゴンの牙から作り出されるって伝説のある、ボーンゴーレムの一種。つーか何でそんなもんが沸いてくるんだ、ここって!? いや、ひょっとしてキャスターが作れるのかな。後で聞いてやる。

「リン、サクラ、バゼット! 下がってください!」

 唖然としていたわたしを、ライダーの声が引き戻す。わたしは慌てて、ライダーの背後へと下がった。うー、こういう相手って剣は効きにくいし、燃やすにしても大火力が必要だし、で結局は純粋に力勝負になっちゃうからしんどいのよぅ。

「済まないな……こんな身体でなければ、援護もできたのだが」

 わたしの横に入ったバゼットがちらっとこっちを見ながら言う。それでも意識は目の前の敵から離れないし、既に手の中にはルーン石が握られている。魔術回路だって全開フルスロットル中、ってのはさすがだ。

「気にしないで。魔術でなら援護してくれるんでしょ?」
「それは無論」
「なら良いわ」

 あまり長くない言葉で会話を交わし、わたしはアゾット剣を構えた。バゼットの指の間にはずらりとルーン石が挟み込まれ、魔力を帯びてぼうと鈍く輝く。

「姉さん、あのキャスターさん、影に近いんじゃないでしょうか」

 じっと『キャスター』を観察していた桜が、わたしの耳元で囁く。え? と振り返ったわたしの目に入ったのは、真剣な表情してこちらを見つめている妹の顔。

「影……って、あの黒い影?」
「そうです。お祖父様、確か『正義の味方には偽者、これも悪の組織のセオリーぢゃ』って仰ってたことがあって、黒い影を素体にしてその実現を図っていたことが……」
「……そういや悪の組織マニアだったっけ、あの怪奇バグ爺ぃ……」

 あー頭痛い。あの爺さん、自分ちの食堂にもアクションシーン対応ギミックとか組み込んでいたらしいし。妙なところで凝り性なのはほんとに困る。困る……のだが、今回はラッキーだ。少なくとも、今わたしたちの目の前にいるキャスターの姿をした誰かが、わたしたちの仲間であるキャスターじゃなさそうだってのは分かったから。

「偽者なら、手加減の必要はないか。バゼット、ライダー、全力でぶちのめすわよ」
「確認しなくて良いのか?」

 わたしの指示に、バゼットが僅かに眉をひそめた。そっか、彼女はキャスターに会ったことは……病院でちらっと、だけだったわね。それじゃあ、本物か偽物か確認のしようがないんだ。

「大丈夫、あれは偽者よ。本物のキャスターなら、わたしたちの攻撃なんて屁でもないわ」

 確証はないけれど自信はある。そうきっぱりと言ってのけ、指の間に挟んだ小粒の宝石たちを力一杯叩き込む。肉を持たない竜牙兵には刃が効きにくい、それなら打撃や魔術攻撃で対抗だ。

「Schwerkraft,Zerquetschen zum Tod.Pulverisieren Sie alles des Knochens!」

 叫ぶと同時に、骨の兵士たちがぐしゃぐしゃと潰されていく。打撃というか、重力のハンマーで叩き潰すって感じ? 金色に光ってくれれば、光になれーとか叫ぶんだけど。いや違うでしょう、自分。だいたいこれは、セイバーの二番煎じだ。

「やれやれ……行くぞ!」

 ほんの僅かに遅れ、バゼットがルーンストーンを叩きつける。スリサズ、とか言うルーンの効力が解き放たれ、まだぴくぴくと動いてる骨たちを次々に打ち砕いていった。その中を、ライダーがダガーと鎖振り回しながら駆け抜ける!

「はあああああっ!」

 まっすぐ突っ走る彼女の目標は、当然の事ながら黒のローブを纏った『キャスター』。普段はあまり仲良くない2人……でも、ライダーもキャスターもお互いを仲間だとはちゃんと認識してるから。だから、『仲間』の姿を使ったあいつは、許せない。

『――!』
「遅い!」

 慌てて魔術を放とうとした『キャスター』の腕が、根元から吹き飛ぶ。ライダーの振り回した鎖が、そのあまりの勢いに骨ごと叩き斬ってしまったのだ。

『ぎゃああああああ!』

 悲鳴を上げながらのたうち回る『キャスター』に、ライダーが馬乗りになる。ああ、だから『ライダー』なんだって、だから違うってばよ、わたし。

「やはり、お前は偽者でしたね……消えなさい!」

 どすっ。
 彼女が振り上げたダガーの針のような切っ先が、キャスターの姿を真似た敵の顔面を、まっすぐに突き通していた。そこから血の代わりに飛び出たのは黒い泥のような何か。

『くふっ……あははははカカカカカ! もう遅いわ、聖杯戦士ども!』

 ついさっきまでキャスターと同じ声を発していたあいつの口から漏れたのは、しゃがれた老人の声。桜が、わたしのそばでびくんと大きく身体を震わせる。この子にとってこの声は、恐怖の対象でしかないのだろう。

「……お祖父様……」

 顔を背けた桜の肩を抱きしめた。間桐臓硯……アンリ=マユのグランドマスター・マキリが、やはり偽者の製造者だったようだ。その老人の声で、『キャスター』だったものは高笑いを続ける。

『既に鞘の主は我らの手に! この勝負、我らの勝利じゃ! カカカカ……』
「黙りなさい」

 ばきっ、びちゃ。
 お食事中の人ごめんなさい、なシーンが目の前で繰り広げられた。わたしたちにとって幸いだったのは、頭蓋骨を砕かれた次の瞬間『キャスター』がどろり、と黒い泥に還ったこと。うーん、あの泥、何だか見ていてすっごく気分が悪い。ライダー、よく平気だったな。
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