マジカルリンリン13
「……サクラ? もう大丈夫ですよ」
「え? あ、桜?」

 こちらに歩み寄って来たライダーの言葉に、桜の顔を見てわたしはちょっぴり慌てた。一瞬だったけど妹の顔がまるで知らない、どこかの誰かに見えたんだ。いや、造形なんかは全く変化がなかったんだけど、あれ?

「……え、あ、ああ……だ、大丈夫です」

 何度か瞬きするうちに、桜は桜に戻っていた。いや、最初から桜なんだけど。おかしいなぁ……って、わたし何か忘れてない?

「……何をやっている、凛」
「え? わ、アーチャー」

 頭を軽く小突かれて振り返ると、白い髪のこいつの姿があった。ごめん、すっかり忘れてたってーかあんた何してたのよ。あんた、士郎とのガチ勝負以外にまともに戦ったことあったっけ?

「『わ、アーチャー』ではないだろう。鞘の主が我らの手に落ちた、そう間桐臓硯は言っていなかったか?」

 呆れ顔のアーチャーがわたしをちらちら見ながら言った言葉を、頭の中で反芻してみる。えーと、鞘の主って言うのは士郎のことで、今それが自分の手にあるって言ったのは間桐臓硯で……って、ああっ!

「士郎が『また』さらわれた――っ!?」
「……また?」

 あの、呆れ声で尋ねないで下さい、バゼット=フラガ=マクレミッツ。そう、『また』なのよ……あのあんぽんたんが拉致られるのはこれが初めてじゃありません、ああ情けなや。本気でどっかの変身ヒロインものだなぁ、これじゃ。あの男性キャラ、何回拉致られたっけ?

「……私もそうだ。大切な友を、アンリ=マユに奪われた」
 ――え?

「この腕も、その時に失った。だから、私はあいつを捜し出さねばならん」

 バゼットが、中身のない左の袖をぐっと抱え込む。伏せられた顔はとても辛そうで……そうだったんだ。だけど、バゼットの腕を切り落としてまで奴らが奪ったその彼って? まさか――

「……バゼットさん、そのひとのこと、好きなんですね」
「な!?」

 桜、唐突に何抜かしやがりますかこら。って、バゼットも顔真っ赤にしてるし、こりゃ図星? ライダー、アーチャー、二人揃って視線を明後日の方向に逸らさない!

「ななな何をいきなりっ!? そそそそれよりも、君たちの仲間の方が先だろうっ!」

 至極正当な意見を述べつつ、バゼットの顔色はまっかっかのまま。うーむ、これはその彼を助けた後でつっつく必要性……はないか。単に興味があるだけ。それより、士郎が心配だ。人の彼より自分の彼。いやまだ彼氏じゃないけれど。

 〜♪〜
 だーかーらー、この緊迫した状況でこの着メロは腰が砕けるってば。もう……と口の中で呟いている間に、アーチャーが着信を受けてくれたようだ。今度着メロ変更してくれないかな。

「はい、こちらアーチャーだ……キャスター?」

 あ。どうやら今度は本物のキャスターのようだ。あーよかった。って、そういえば士郎はセイバーやキャスターと一緒に家にいたはずだ。何が一体どうなっているのやら。

「……了解した。すぐに向かう、では」

 アーチャーの通信は必要事項しかやり取りしないから、切るのも早い。通信機をポケットにしまってから彼は、わたしたちの顔をぐるりと見回した。

「衛宮士郎の拉致は事実のようだ。向こうにはセイバーの偽者が現れたらしい。その後をほいほい着いていったようだ」

 うわぁ。知らない人についてっちゃいけません、なんて事くらいお子様の時分に教わるだろう……あ、セイバーの姿なら知らない人、という認識はしないか。しかし、ほいほいついて行くなよ衛宮くん。助けたら一発殴らせて。

「あ、あの先輩、一体どこへ行ったんでしょう?」

 おろおろしながらも、桜の質問は的確だ。そりゃまあ、この子にとって世界は士郎を中心に回っているようなものだけどさ。で、それに対するアーチャーの答えは……どこか歯切れの悪いモノだった。

「それなのだが……これは推測でしかない、という前置きつきだが、恐らくは丘の上にある教会だろうということだ」
「丘の上の教会? そこって、綺礼の教会じゃない」

 というか、この街に教会なんてそれくらいです。士郎の家からは冬木市を横断するくらい離れてるから、あまり知らないかもしれないけど。綺礼はわたしの後見人でもあるから、一応何度か行ったことがある。

「キレイ……コトミネ・キレイのことを言っているのかな?」

 話をじっと聞いていたバゼットが、わたしに向かって不意にそう尋ねて来た。「そうよ」と頷いて答えたら、彼女の顔色がさっと変化した。青ざめてる……何で、と思った瞬間、彼女は焦りの表情を隠そうともせずにまくし立てた。

「ならば間違いない、急がねばならん。そのシロウとか言う少年を早く救出せねば、取り返しのつかないことになる」
「……ちょっと待って。あんた、綺礼と知り合い?」

 まぁ、綺礼なんて名前持ってる大の男なんて、言峰綺礼くらいだろうけどさ。だけど、何で魔術協会から派遣された彼女が、聖堂教会の代行者たる綺礼と……知り合っててもおかしくはないんだろうけど、なぜそこまで焦っているのか。

「私と綺礼は、以前に任務で何度かかちあったことがある。その関係で知り合いだ……それに」

 ゴクリ、と息を飲んだのは多分桜。わたしは息も飲めない……だって、言葉を吐き出すバゼットの表情は、苦悩と後悔に満ち満ちていたから。こんな辛そうな顔をしている人に、わたしはかける言葉を持ってない。
「私の友を……セタンタを奪い、この腕を切り落としたのはあの男だ!」

 ――それに、こんな哀しい顔をしている人に、何て言っていいか分からない。


  - interlude -


『こちらです。シロウ』

 まるでそう言っているかのようなセイバーの後ろ姿に導かれ、俺はその教会に足を踏み入れた。
 本当ならあの火事の後、俺はこの教会に引き取られていた。切嗣が病院まで俺を迎えに来なければ、俺は他の孤児になった子供たちと一緒に、この教会で育っていた、はずだった。

「――何だよ、孤児院なんてないじゃないか」

 自分だけが引取先を得た為にどうも後ろめたくて、一度も近づくことのなかった教会。ここに足を踏み入れて、俺はちょっと落胆した。ここはごく普通の教会で、あれだけたくさんいた子供たちを引き取って育てていたようなそぶりは全く見えなかったからだ。

「ま、あれから10年経ってるしな……」

 俺と同年代の子供たちがほとんどだったはずだから、そろそろ成人してる奴もいるはずだ。きっとみんな、既にここを離れてるんだろう、俺はそう思うことにした。

『シロウ』
「うわっ!?」

 いきなり出て来たセイバーに呼びかけられた。あーびっくりした、気配なんか微塵もなかったんだからな。

『どうしたのですか、シロウ? なぜここにいるのですか?』

 そう俺に問いかける彼女は、やっぱりどこかセイバーじゃないような気がした。何となく髪の色が薄いし、目の色が濁ってる。それに……何て言うんだろう、全体的な雰囲気が違った。だけど、その姿は俺の知っているセイバーで。

「あ、ああ……うちから出て行くところ見かけたからさ、どうしたのかなって思って。こっそり尾けてきたのは謝るよ。ごめん」

 だから、彼女の問いにも正直に答えた。そうしたら、セイバーは分かりました、と頷いて、俺の手を取った。まるで、お姫様の手を取る王子様のように……って、俺がお姫様かよ、ちくしょう。

『ちょうど良い機会ですから、シロウに見ていただきたいものがあります。さあ、こちらへ』
「俺に見せたいもの?」

 そう聞き返しながら、俺の足はセイバーに導かれるままに歩き出していた。祈るための堅い木で造られた椅子の間の通路を通り抜け、奥の扉から向こう側へと抜け出る。そこはちょっとした迷路みたいな廊下が広がっていたのだが、セイバーは迷う事なく先へと進んで行く。あれ、そっちには何も……

「……隠し階段?」

 パッと見た感じだとまず見えないよう、建物の構造で巧妙に隠されている場所に、地下への階段があった。セイバーに手を引かれ、その階段を慎重に降りて行く。壁伝いに造り付けられた階段は、ぐるりと弧を描いて伸びていた。

「……地下の、聖堂?」

 その階段を降り切ると、そこには天井まで10メートルくらいある――つまりはそれだけ降りてきたことになる――石造りの部屋があった。明かりは消されているのに、その部屋自体がぼんやりと青く光っている。だから、足元はそんなに危なくなかった。正面に浮かび上がるシンボルが、その部屋が聖堂としての機能を有していることが分かる。かび臭くないし埃が溜まってないから、何だかんだで使ってるんだろう。

『シロウ、こちらへ』

 セイバーが俺を呼んでいる。声のした方……シンボルを背にするように振り返ると、そこに孔があった。

「――!」

 何だろう。急に背中を悪寒が走り抜ける。
 そこにはセイバーと、扉しかないのに。

『どうぞ、シロウ』
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