マジカルリンリン13
  - interlude -


「良く来てくれた、衛宮士郎」

 背後からバンと、いかにも親しげな友人に挨拶をするかのように両肩を叩かれた。
 身体が凍る。振り返ることすら出来ない。だけど、背後に誰がいるのか、なんて事だけはすぐに分かった。

「なかなかの趣向だっただろう。ああ、紹介しておこうか」

 奴は背が高いから、まるで声が天井から降ってくるようだ。そいつ……言峰は平然とした態度で俺の身体をぐるりと反転させ、扉の向こうにいる『セイバー』に視線を向けさせた。じっとこちらを見つめている彼女の視線はあくまで冷たく、感情なんて欠片もこもっていない。どうして俺は、あの彼女を、セイバーだなんて思い込んでしまったのか。

「彼女は我がアンリ=マユが誇る戦士、ブラックセイバーだ。どうだ? 見て話した感想は」
「……」

 自分からアンリ=マユだって吐きやがったよ、こいつ。俺はサイアクだ、と言いたいところを飲み込んだ。こんな連中に、話してやることなんて何もない。……いや、尋ねたいことならあるけれど。この部屋は――

「この部屋は何なのだ、と尋ねたい顔をしているな。衛宮士郎」
「分かってんなら答えろ。これは何だ」

 振り向かない。振り向いたら、またあの光景を見てしまう。今のこの状態であの光景を見てしまったら、心に隙が出来る。言峰とブラックセイバー、2人の敵に囲まれている現状でそれはあまりにも拙い。

「何だ、とはご挨拶だな。あれらはお前にとって兄弟のようなものだ。お前もあの地獄から生還したのだろう?」

 兄弟。
 地獄から生還した。
 その言葉が、『あれら』の正体を俺に教えてくれた――いや、本当は分かっていたんだろうけど。

 本当なら、俺はあの病院から、この丘の上の教会にある孤児院に引き取られるはずだった。その前に俺には迎えが来て、病院を出てしまったけれど。
 短い間だったけど、顔なじみもいた。俺は深山町の俺の家で育ち、孤児院に引き取られた連中は新都の郊外のここで育った。確かに距離的にはかなり離れていたけれど、その気になればいつでも来れた。そうでなくても、駅とかデパートとか喫茶店とかで、そいつらに出逢えるチャンスはいくらでもあったはずだ。
 それが、今の今まで一度もなかった。

「……孤児院なんて、最初から無かったのか……!」
「その通りだ。そもそも、私は慈善事業のつもりであれらを引き取ったのではないよ」

 くそ、むかつく。何でこいつは、こんな台詞を、心底楽しそうに口にするんだ。

「あれらは贄だ。来るべきモノの誕生に供えられる贄だ。ああやって魂を、生命を、心を僅かずつ削り取り、祝いの膳として供される」
「祝いの……膳、だと……」

 思わず振り向いた俺の視界の中で、本来ならばオマエもそうだったのだと言峰の口元が歪められていた。

「もっとも、オマエにアヴァロンが埋められていたなど、ギルガメッシュから報告を受けるまで分からなかった。その点では衛宮切嗣にも感謝せねばならんな。アヴァロンはいわば産褥なのだから」

 言峰は、嬉しそうに笑った。その全身から放たれる威圧感とは全く異なる、本気で喜んでいる笑顔になって。

『マスター・ファーザー、ご命令を』

 そして、そんな言峰とは対照的に冷たい表情のままのブラックセイバーが口を開く。その手には、いつの間にか黒い剣が握られていた。多分、いつもセイバーが使っている見えない剣と同じようなモノだ。

「命令か。ふむ、では……」

 少し考えるような間の後、言峰は俺をどん、と強く突き飛ばした。俺はバランスを崩し、部屋から放り出されるようにしてブラックセイバーの目の前に倒れ込む。慌てて顔を上げると、無表情に俺を見下ろす彼女の視線がまともにぶつかった。

「鞘の主を歓待しろ。自ら鞘を差し出すまでな」

 言峰の言葉と共に、黒いセイバーは自分と同じ色の剣を振り上げた。歓待ってつまり、俺がアヴァロンを投影するまでいたぶれってことか。んなろ、そう簡単にやられてたまるか……俺の中で、撃鉄ががちりと跳ね上げられた。

「――投影開始!」

 言い慣れたコマンドを呟くと同時に、俺の両手にもう使い慣れた黒白の双剣が握られる。偽者は本物より弱いってのがお約束なんだろうけど、それでも俺がセイバーに敵うとは思ってない。だいたい、俺が創り出した干将莫耶だって偽物なんだしな。だけど……

「行くぞ、ブラックセイバー!」

 そのくらいで諦めてたまるか。これは俺のミスだ。俺がセイバーを偽者と見破れなかったばっかりに、こんな目に遭っている。だから、自力で何とかしてやる。俺だって、守られてばかりじゃない!


  - interlude out -


 ライダーを先頭に、わたしたちはひとかたまりになって教会の前の広場に駆け込んだ。と、そこに……うわぁ、会いたかったけど会いたくなかった奴が出てきた。これはラッキーと言おうか、アンラッキーだろうか? タイミングが微妙だな。

「おい、どこ行くつもりだよ。悪いが今来客中でな」
「……セタンタ!」

 わたしの少し後ろで、バゼットが息を飲んだ。ああ、やっぱりな。ちくしょう、どこまでお約束が好きな連中なんだ、アンリ=マユって組織は。ま、あまりにお約束なもんで、こっちもそれなりに計画は練ってあるんだけども……その前にいつものギアス発動、勘弁して下さいホント。

「マジカルセイバー!」
「マジカルキャスター!」
「マジカルライダー!」
「マジカルチェリー!」
「マジカルリンリン!」
『冬木の平和を守る為! 邪悪の野望を砕く為! 我ら聖杯戦士、ここに見参!』

 どかーん!

 ありゃ、今回は何か爆発の規模が派手だ。何でだろう、と思ったらアーチャーが弓構えて親指立ててる。この男、ちゃっかり増量に協力していたらしい。あんた、どこが英霊なのよどこが。
 で、ランサーだけなら良かったんだけどもう1人、どうもめんどくさい相手がひょっこりと姿を見せた。セイバーの姿を見つけ、そいつは上機嫌になってふんと胸を張る。分かり易い性格してるなぁ。

「おぉセイバー、我が求婚を受ける気になったか! ささ、式場ならばすぐそこに教会がある」
「……あなたもいたんですか、ギルガメッシュ。ってーかあなたのような亭主は持ちたくありませんってば」

 セイバーがげんなりした。そらまぁ、毎度毎度この調子じゃうんざりよね。しかしこの金ぴか、いい加減に脈がないことくらい理解したらどうなんだろう。いや、理解したところで力押しで来そうだけど。

「リンリン、少々手順が狂いましたが打ち合わせ通り、此方は任せなさい。あなたたちは早く中へ」
「お願いね。キャスター」

 まぁ、この位は予想の範囲内だ。つーか、綺礼の教会がアンリ=マユの拠点だっていうんなら、このくらい予想できなくて何とするか。

「参ります。――!!」

 キャスターの手から放たれた光弾が、着弾と同時にいっそう強力に光を放つ。その間にわたしとライダーはランサーとギルガメッシュの間を走り抜け、さっさと教会の中に飛び込んだ。ギルガメッシュはセイバーに気を取られていたからいいとして、ランサーは……きっと、バゼットに気を取られていたんだろう。
 だって。

「――バゼット」

 ほんの僅かに動いたあいつの唇が、そう呟いていたから。
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