マジカルリンリン14
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 ついに正体を現した裏切りの先代戦士・マジカルファーザーこと言峰綺礼。
 彼とブラックセイバーの前に、衛宮士郎危機一髪!
 小さい頃、まだ桜が遠坂の家で暮らしていた頃。
 桜と一緒に、絵本を読んだことがある。
 冬木の地に、昔からあるお話の絵本。

 冬木の地には竜の神様がいて、そのお腹の中には不思議な泉がわき出ている。
 その泉の水を飲んだものは、誰でも一つだけ願いが叶うのだという。
 竜の神様はいつも山の洞穴の中にいて、冬木の地を見守ってくれているのだそうだ。

 わたしは神様なんて信じちゃいないけど、桜は目を輝かせて「どんなお願いを叶えて貰おうか」とはしゃいでいた。竜の神様がいる山の洞穴がどこかわからなくって、結局は断念したのだけれど。

 だけど、ちょっと不思議なことがある。

 どうして絵本なんかろくになかった家に、その絵本だけがあったんだろう。
 魔道書や、いろんな語学の本と同じ本棚に。


第14話
―マジカルランサー! 目覚めよ最後の聖杯戦士!―



  - interlude -


「ギルガメッシュ、ここではランサーたちの邪魔になる。こちらだ!」
「ククク、照れ屋だなセイバー! 我が求愛を受けるというのならば、今この場で構わないのだぞ?」
「受けてほしいならば追ってきなさい! 我らの力が恐ろしくないならば!」
「ふ、愛の前には何も恐れるものはなし! そこな雑種共、愛の語らいを邪魔するでない!」
「いえ、仲人は必要でしょう?」
「そして、愛には試練が付き物だ。金ぴかよ、そのくらいは承知であるな?」
「……よかろう! 愛の試練、このギルガメッシュ、見事くぐり抜けてみせようぞ!」

「……あ〜……毎度毎度のこったが、あいつもよく飽きねーもんだな」

 『彼』が、赤い槍でとんとんと肩を叩きながらぼやく。一様に頷く私たちの目の前から彼ら――ギルガメッシュ、マジカルセイバー、マジカルチェリー、そしてアーチャーの4名――の姿がすーっと遠ざかって行った。確かに、あんなのが脇で戦っていたらとても邪魔になるな。

「おー、いなくなったか。じゃ、こっちも再開と行こうぜ」

 に、と細められた目は真紅の獣。共に日本に来ることになった時には頼りに思えたその眼光が、今はとても恐ろしい。
 私とマジカルキャスター、そして彼女のファミリアたるコジロウ。残された私たちは、槍の騎士と対峙していた。生きていてくれた、ただそれだけを喜びたいのに、これはどういうことか。

「――ふん、悪いがマスター命令でな。てめーらはここでおしまいだ。そっちの姉ちゃんもな」

 セタンタ……アンリ=マユ構成員としての名はコマンダー・ランサー。彼は、私のことを覚えていなかった。それどころか、憎悪の目でこちらを睨みつけてくる。

「安心なさい。彼は洗脳されているだけよ……私もそうだったから、大丈夫」

 キャスターがぽんと肩を叩いてくれた。私の目の前で奪った友を、自らの尖兵に仕立て上げる……そうか、これがアンリ=マユのやり方、ということか。

「しかし、どうやって目を覚まさせればいい?」
「やり方も分かっているから、大丈夫よ。ただ問題は、間合いが短いのよね」

 大袈裟に溜め息をついてみせたキャスターに向けて、セタンタが赤い槍を突き出してくる。その尋常でないスピードの穂先を、彼女はひらりとかわした。入れ代わりに入ってきたコジロウが、日本刀で槍を跳ね上げる。

「間合い……魔具を使うのか?」
「ええ。はっきり言って、彼の懐に飛び込まなくては意味がない……――!」
「フッ!」

 これでも封印指定狩りをやってきた身だ。反射強化を掛けたこの状態で、敵……セタンタの攻撃をかわせないほど耄碌してはいない。キャスターの火炎魔術が炸裂すると同時に私とコジロウは飛び離れ、セタンタを挟み込むように移動する。私のそばに舞い降りたキャスターの姿を確認し、なるべくセタンタの耳に届かないよう低い声で尋ねた。

「君が振るわねば、意味がないのだな?」
「そうね。私以外にこの力を発揮できるのは……鞘の主と赤い弓使いだけでしょうね。彼らは特別だから度外視して」

 彼女の言葉に、私は頷いた。つまりは、何としてもキャスターをその魔具を行使できる範囲までセタンタに接近させねばならない。しかし、彼女はどうやらロングレンジでの戦いを得意とする魔術師……これはなかなか、骨が折れそうだな。

「分かった。何とか彼に隙を作らせる」
「よろしくね。私がそばにいなくても、隙だけ作ればいいから――小次郎、彼女と連携を」
「任せおけ。ではバゼット、いざ参ろう」

 ゆったりと頷いたコジロウと、タイミングも取らずに私は全く同時に足を踏み込んだ。タイミングを一瞬遅らせて、指の間に挟んだルーンストーンの魔力を解放する。

「イング!」
「当たるか!」

 弾けた魔力の塊……エネルギーボルトをかわし、セタンタが槍を突き出す。が、穂先はコジロウの刃によって今度は地面に叩きつけられた。

「ふ、戦人とは無粋なものよな。しかし、力の舞もなかなか見事」
「あぁ?」

 この状況でああいった台詞を吐けるあたり、コジロウという男もよほど肝が座っているようだ。が、風流はセタンタには程遠い世界の代物だからな……ほら、青筋立てて槍を繰り出してくる。その尋常でない速度で次々と突き出される穂先を、コジロウは日本の舞を彷彿とさせるような優雅な動きでかわしていく。

「どうした? 心の乱れが突きの乱れに繋がっているぞ。それでは私を捉えることはできぬ」
「は、この程度で乱れてたまっかよ!」

 サムライの揶揄に、槍の騎士はにぃと歯を剥き出して笑った。……表情だけを見れば、私が知っているセタンタとどこも変わることのない彼。

「――必ず、取り戻す」

 口の中で呟いた私に、ちらとこちらを見たキャスターが小さく頷いてくれた。


  - interlude out -


  - interlude -


 がきんと重い金属音がして、莫耶の刀身が半ばから折れた。やはり、偽者とはいえセイバーの剣だ。打ち込む速度も、その重さも尋常じゃない。それがあの小さな身体から繰り出されるのだから。

「――投影開始っ!」

 対を失い、崩れ去る干将を手放して新しい双剣を生み出す。その瞬間、ちらりと言峰の姿が見えた。あの野郎、俺が一方的にやられてるの見てにやにや笑ってやがる……ちくしょう、てめーの前でアヴァロンなんか投影してやるもんか!

『よそを見ている暇があるのですか、シロウ』

 ガコッ!
 よし、今度はちゃんと受け止められた。片方だけで彼女の剣撃はとても受け止められないから、どうしても双剣を合わせることになる。う、だけど上から押し込んでくる分、ブラックセイバーの方が有利か?

『このようなことをせずとも、素直に鞘を差し出せば良いものを。……その心意気は称賛に値しますが』
「あいにくだったな。お前らにやるものは何もない!」

 剣を押し込んでくる分、ブラックセイバーと俺の距離が縮まる。ギリギリまで待って、俺は彼女の腹を力一杯蹴り飛ばした。彼女は変身していない状態だから、生身のボディにまともにヒット――あ、してない。

『――っ! く、この、悪あがきを!』

 軽い彼女の身体は俺の蹴りで吹っ飛ばされた……いや、自分から後方に吹き飛んで、うまく衝撃を吸収したようだ。素早く起き上がり、黒い剣を構え直す。ああ、参ったな。力でも技術でも、俺は彼女に敵わない。せめて手数だけでも増やせれば、少しはこの状況を切り開けるんだろうか。

『そうであるなー。頭の中に楽屋があってのぅ、例えばコロッケと波田陽区とヒロシに待っていて貰うのでござるな』

 ――はい?
 何でこんなところで、後藤くんの台詞が頭をよぎるんだ? って、わっととと! あぶねぇあぶねぇ、黒剣の切っ先が腹かすめた。いつの間に踏み込んできたんだよ。

『で、出番がきたら1人ずつ呼び出しを掛ける、と言うたところかの』

 こちらも負けじと双剣を振るう。莫耶で牽制し、干将を彼女の脇腹目がけて横に振る……うー、変身してないんだよな、あっち。そりゃ、変身されたら完全に敵わなくなるけどさぁ。ああ、何とかして事態を打開しないと……え、呼び出し?

 頭の中に、待機していて貰う。
 出番が来たら、1人ずつ呼び出す。

「なるほどなっ!」

 今の干将はかわされた。その勢いに任せて干将を手放し、右手を空けた。柄頭での頭部強打を狙ってきたブラックセイバーをバックジャンプで避け、背中を壁に押し当てて彼女の攻撃方向を限定する。それから、1つ息を吸って呪文を唱えた。

「――――投影、開始」

 俺の頭の中……ではなく、魔術回路の上に今持っている剣たちの設計図を並べる。一度に何枚並べられるかなんてやったことないな、限界に挑戦だ。
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