マジカルリンリン14
『壁を背にする、良い戦法ですが――逃げ場がない、と言うことでもありますよ、シロウ!』

 どす。
 今度はブラックセイバー、腹に柄頭叩き込みやがった。うー、腹が鈍く痛む。こういうのって、結構後引くんだよなぁ。でもこっちも負けちゃいない、食らった剣を莫耶を持ったままの左腕で抱え込んでやった。そのまま剣を握ってるブラックセイバーの左手首を右手で掴み、引き寄せる。

『な――』
「来い、干将!」

 初めてこいつらを投影した時に、流れ込んできた知識。陽剣干将と陰剣莫耶、夫婦剣たるこの一対はお互いに引き寄せ合う。そして、曲がった形の刃を持つ短剣は回転させながら投擲すると、弧を描いて片割れの元へと戻ってくる――!

『ぐ、ぁはっ!』

 彼女も伊達にセイバーの偽者ではない。咄嗟に剣を掴んでいた右手を外し、裏拳で干将を叩き落とした。が、そちらに意識を取られた隙にこちらへの注意が逸れる。そこを見逃さず、残された莫耶でブラックセイバーの腹を切り裂いた。む、少し浅かったかな。

「――憑依経験、共感終了」

 血のにじみ出した腹を抱えて後ずさる彼女に向かって、もぎ取った黒剣を構えながら俺は続きの呪文を呟いた。限界まで並べて18枚。そいつらの持っている歴史、使い手の記憶、その他諸々まで再現するとなると、これが俺が準備できる限界のようだ。これ以上並べると、魔術回路が焼け付きを起こすな。こんなところで、そういうポカをやってるわけにはいかない。

「工程完了。全投影、待機」

 まだ投影はしない。工程は一旦ストップ、剣たちを魔術回路の上で待機状態にしておく。その状態で、俺は黒剣を今度は槍を飛ばすように黒いセイバー目がけて投げた。肩を狙ったのだけれど、命中する直前に素早くかわされる。ざく、と僅かながら壁にめり込んだ自分の剣を、ブラックセイバーは俺を睨み付けながら右手で軽々と引き抜いた。が、ほんの瞬きの間ほど、意識は剣へと逸れる。今だ。

「停止解凍、全投影連続層写……!」

 一度に18本なんて大量投影はできない。けれど、1本ずつ連続で投影することは出来る。そう、『出番が来たら1人ずつ呼び出す』のだ。1本ずつの投影を連続18回行い、出現した剣を押し出すことでブラックセイバーへと向かわせる!

『な……っ! く、うっ!』

 がきっ、がしゃっ、がん!
 次々に向かってくる剣たちを、黒剣で次々と弾いていくブラックセイバー。最後の18本目を撃ち出した瞬間、俺は干将莫耶を再投影して床を蹴った。

「はああああっ!」
『!?』

 俺の突進に驚いたようだけど、やはりは『セイバー』。即体勢を立て直し、黒い大剣を大きく振りかぶる。けれど、がつっと音がして剣の切っ先が壁に食い込んだ。彼女はさっき剣を抜いた位置からほとんど動いていないから、大きく剣を振るには壁に近すぎる。そんなことを失念するなんて、セイバーらしくないな。

「終わりだ!」

 振り上げられた彼女の両腕。筋肉を切って彼女を戦線から脱落させようと、俺は双剣を振るった。つもりだった。


「――ふむ、ここまで健闘するというのは少々意外だったな」

 えっと。
 何で頭の後ろ、それも少し遠目の間合いから言峰の声が聞こえてくるんだ?
 それと、俺の頬に当たってるこの石の板みたいなもの、何だ?

「しかしブラックセイバーよ。かのマジカルセイバーの写しであるオマエがこの体たらくとはな」
『申し訳ありません、マスター・ファーザー。さすがに連続投影まで使いこなせるとは思いませんでした』

 こら、お前ら。俺を無視して、人の頭の後ろで会話するんじゃねぇよ。

「まぁ、人は進歩を望み道を進む、と言うことだ。聖杯システムの構築も、元はと言えば魔術師としての進歩を望んだ故」

 ……何だろう。背中がじんじんする。
 腕に力が入らない。それでいて、妙に肩が熱い。

「今のままではマジカルセイバーには敵うまい。それだけは心得ておくことだ」
『了解しました、マスター』

 ――あ。
 今、何か見えた。
 これは、靴?

「さて、衛宮士郎よ」

 かつん、と靴が音を立てた。膝をついた言峰が、俺の顔を覗き込んでくる。同時に、背中から何かが引き抜かれた。熱、どっと何かが流れ出る。それと一緒に、身体の熱も流れ出る。頭が冷えて、やっと自分の置かれている状況がはっきりした。

 ああ、そうか。
 頬に当たってるのは、地下聖堂の床だ。
 俺は、床に倒れているんだ。
 言峰が投げたもの……多分投擲用の剣を背中に受けて。
 肩が熱いのも、腕に力が入らないのも、その剣によるダメージだ。

「お前の出番はまだ先だ。それまでは生きていて貰わねばならん……さあ、鞘の力を使うが良い」

 ぐい、と片手で頭を持ち上げられた。あー、抵抗したいけど腕に力が入らない。俺はそのまま、ずるずると引きずられていく。って、どこへ連れて行く気だよ? そっちはあの湿った部屋じゃないぞ。それにしてもこいつ、手が冷たいな。冷たい……って言うのは正確じゃないな。温度とかそういうものを、感じ取れない。

「と言っても、お前が素直に鞘を使うとは思えんな。何、あの老人ならばすぐにお前を素直にしてやれるだろう。かつてのキャスターやライダーのようにな」
「……な」

 今、こいつは何て言った? 『キャスターやライダーのように』だって?

「……あいつらを……コマンダーに、仕立てたのは……」
「グランドマスターだ。彼の操る蟲を体内に潜り込ませ、使い魔としての契約を締結させる。使い魔は主人に絶対服従だからな」

 くくっ、と喉で笑う声が聞こえた。キャスターもライダーも、こんな連中のせいで意にそぐわない戦いを強いられていたっていうのか……ふざけんな、と抵抗する意思だけははっきりしているのに、身体は動いてくれない。

「もっとも、あいつらはそれなりに己の意思を残してやっていたが……衛宮士郎、ここまで成長したお前はそういうわけにもいかんな。産褥たる鞘を発動させ、維持させる為だけの人形になって貰おう」

 言峰の手から、こいつの身体に関する情報……のようなものが流れ込んでくる。これもある意味、俺が持つ解析能力の一部なのだろうか?
 こいつ、俺と同じだ。
 『ダイジナモノ』が抜け落ちている。身体に大きな……生命に関わる傷がある。それを――得体の知れないナニカで補って、やっとの事で生きている。

「あの老人の蟲では、完全に支配することは叶わない。私の中に巣くう、この泥の祝福を受けるが良い」

 どさりと音がする。言峰が俺を放り出したのは、聖堂のシンボルの前らしい。壁に背中を預ける形で、俺はやっと奴の姿を正面に見た。

「――」

 ああ、こうやって見るとはっきり分かる。あいつの心臓には得体の知れない闇がまとわりついていて、それによって言峰綺礼という人間は己を維持しているんだ。だけど、あの闇はどこからきたものなのだろう?

「ブラックセイバー。オマエはあの屍どもを処分して来い。あれらはもう用済みだ……鞘の主という、最高の贄が手に入ったのだからな」

 ちら、と黒衣の大男は視線を動かした。黒いセイバーはその視線の先で、表情を動かすこともなくこくりと頷く。一瞬だけ俺を見てから、彼女は口を開いた。

『承知しました』

 その一言だけを残し、彼女はきびすを返す。すたすたと歩いていく先は、あの湿った部屋だった。あそこには、俺と一緒に焼け出されたみんながいる。ブラックセイバーは、みんなを殺す気か!?

「や――やめ、ろ!」
「ほう、まだそんな台詞を口に出来るか」

 壁から身体を浮かせかけたところで、言峰に睨み付けられた。その目に込められた闇に、俺はすくんで動けなくなる。まるでワイングラスを持っているような右手に、なみなみと注がれているものは、何だ?

「自己の危機よりも他人の危機を優先する……それでこそ『正義の味方』。衛宮切嗣が目指して挫折した、果て無き道」

 髪をぐいっと掴まれ、顔を無理矢理上げさせられる。苦しくて僅かに開いた俺の口元に、言峰は右手を突きつけてきた。丸く形作った掌の中にあるものは、黒い泥――。

「さあ、ぐっと飲み干すが良い。お前の父親、衛宮切嗣が5年耐えた闇も、お前の身体には即座に馴染むだろう」
「う、ぐっ!」

 そのまま、口の中に泥を流し込まれそうになる。慌てて口を閉じたけれど、唇に触れた泥はそれだけで俺の中を蝕み始めた。

 死ね

 死ね

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ネ死ね死ねシネ死ねしね死ねシネしね死ね死ネ死ね死ね死ね――

「ライダー・キィイーック!」

 どがしゃーん!

 雄叫びと共に、言峰の頭に彼女の蹴りが炸裂していなければ、俺は完全に心を折られていただろう。っていうか、ライダーキックってそのままだろ?


  - interlude out -
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