マジカルリンリン14
「そこまでよ、言峰綺礼……いえ、マジカルファーザー!」

 階段の途中から飛び降りながら綺礼の横っ面に蹴りをぶちかましたライダー。彼女に僅かに遅れ、わたしは階段を駆け降りてきた。ちょっと綺礼、地下にも聖堂があるなんて聞いてないわよ? それに、この澱んだ空気は何?

「ぐはぁ……お、お前たちか……げふ、思ったよ……ごっ、早かった……げふっ!」
「どやかましい。士郎に何を飲ませようとしたのですか、このムッツリ神父!」

 どすごすぼすぼすげしぼき。
 ライダーのストンピングが綺礼に決まりまくっている。まぁ、いろいろ積もる恨みもあるんだろう。わたしの分だけは取って置きなさいよ、ライダー? つーかぼきって何、ぼきって。

「――ぁ」

 微かな声が耳に届く。わたしが振り返ると、視界に入ったのは聖堂の正面に設えられた祭壇。そこに、士郎がもたれ掛かっていた。全身斬り傷だらけ、壁に着いてる血だってあいつの背中から流れてるものだろう。それに、口元にこびりついてるこの黒いものは何よ?

「士郎っ!」

 慌てて彼に駆け寄って抱き起こす。うーむ、ほんとにわたし、囚われのお姫様助けにきた王子様か騎士様だなぁ。絶対配役間違ってるぞ。
 そっと口元の……これは泥だろうか、を拭い取ってやろうと触れた瞬間、ぞっとした。何これ、泥の分際でわたしに死ねとかのたまうかーこの偉そうに!

「と、さか……さわ、るな……」
「聞かない」

 士郎がわたしを引き離そうと、身体を押してきた。ああだめだめ、そんなへなちょこな力でわたしが離れると思うてか? 少し触れただけでああなんなら、今べっとりと泥で口元を汚されている士郎の心がどんな仕打ちを受けてるかなんて想像に難くない。誰に死ねつーてるかふざけんな、と抵抗しながら必死で拭き取っているうちに、士郎の顔は綺麗になった。

「これで平気?」
「……ああ。悪い」

 泥を拭い取ってやったら、やっと士郎はゆっくりと身体を起こした。祭壇の壁にはべったりと血が着いていて……覗き込んだら、しっかり刺し傷が再生中であった。ほんとに便利な身体ね。で、怪我が治りつつあることを確認したので、ちょっとお小言。

「ったく、偽者セイバーについて来ちゃったんですって? 馬鹿にも程があるわよ。あんた、自分の立場理解してんの!?」
「……偽者だなんて、思いもしなかったんだ……何だか変だなぁ、とは思ったんだけど……」
「思ったなら疑ってよね!」

 はー、疲れる。士郎がこんなだから、わたしたちは振り回されるはめに……あ、いや、そういう風に仕向けたのは綺礼、そしてアンリ=マユなんだけども。

「……悪かった」

 しょげた感じの士郎の答えが聞こえる。顔を覗き込んでみると、彼はわたしをじっと見つめていて、そして――アーチャーと同じ目をして、言った。

「そうだよな。アヴァロンをあいつらに取られる訳にはいかないもんな。ごめん、軽はずみなことして」

 ばきっ!
 ああいけない、わたし怪我人殴っちゃった。いやすぐ治るけど。だけど、今の士郎の言葉はわたしとしては聞き過ごしてられない。だって士郎は、『自分の生命よりアヴァロンの方が大事』なんて言ったんじゃない。『アヴァロンが大事』って言ったんだ。
 最初から、自分を計算に入れることをしていないのだ。
 そんなの、許せない。

「とおさか……?」

 わたしが殴りつけた頬を押さえて、士郎はきょとんとしている。だー、こうなったら言いたいこと全部ぶちまけてやるんだから! 勢いづいたらやめられない止まらない、スナック菓子じゃないけれど!

「いい加減にしなさい! わたしはね、人の生命より鞘の方が大事だとか、そんなこと言ってるんじゃないわよ! 他でもないあんたが、衛宮士郎が行方不明になって心配だったの!」
「え、え?」
「うるさい気付け! 惚れた相手がさらわれて、心配しない人間はいないでしょうがっ!」
「――――え?」

 あ。
 言っちゃった。
 ちくしょう、もうちょっとムードのあるシチュエーションで言いたかったなぁ。

「遠坂凛は、衛宮士郎のことが好きです」って。

「え、えっと、あの、今の……って?」
「馬鹿。二度も言わせないで」

 うぅ、顔面まっかっかーになってるのが分かるよぅ。士郎の顔を見られなくて、わたしはそっぽを向いてしまった。

「……うれしいな。そんな風に思ってくれてたなんて」

 うれしい。
 士郎の口から出るには珍しい単語を聞いたような気がする。わたしがはっと士郎の方を振り返ると、彼も……多分第三者から見たらわたしとおんなじくらい、顔を真っ赤にしていた。

「その……俺、さ。同じ学校になってから、遠坂に憧れてたんだ。自分をしっかり持っていて、自分の道を真っすぐ歩いて行く遠坂が、すごく眩しく見えた」

 ……………………えー。
 たたた棚から牡丹餅、瓢箪から駒、二階から目薬……は違う!

「ランサーから助けてもらった時はびっくりしたけど、可愛いなって思った。よく似合ってるって」
「かわいい、ってこの格好が!?」
「ああ」

 ……男性諸氏、猫耳猫尻尾は世間的にOKなんですか? うぅ、でも可愛いって言って貰ったからまあいいや。女はこういう時単純です。

「一緒に暮らすようになって、優等生の皮被ってない遠坂が見えてきて……それで、余計に好きになった。お前のこと」

 わー、はっきり言われちゃったよ。
 ってーか、わたしよりある意味付き合いの長い桜のことはどうなんだろう? それと、士郎の家に入り浸りになっていた藤村先生も。

「え、あ、でも、桜とか、藤村先生はっ!?」
「桜も、藤ねえも俺にとっては家族なんだ。桜は妹で、藤ねえは姉貴。だから、遠坂のことを好きなのとは意味が違う」

 こちらもはっきり言われちゃった。ごめん桜、お姉ちゃん、あなたの片思いの相手と両思いらしいわ。

「……ありがと。士郎」

 ともかく、わたしの事を好いてくれてたことにはお礼を言わなくちゃ。って、あれ、何で目の前の光景がにじんで見えるんだ? わ、わたし泣いてるの?

「と、遠坂、どうした?」

 風景がにじんでいても、士郎がおろおろしてることくらいは分かる。あー、そっか。こいつのせいか。こいつのせいでわたし――

「信じられない。男の子に、泣かされた」

 泣かせたことなら、いくらでもあるのに。


  - interlude -


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」

 セタンタの突きを、紙一重でするするとかわして行くコジロウ。時折ひゅ、ひゅんと風を斬る音が聞こえ、同時に振るわれる刃をセタンタは赤い槍で受け止める。

「――イサ!」
「――!」

 私のルーン魔術とキャスターの古代魔術がセタンタの身体をかすめる。あいつには『矢避けの加護』とかいう守りの術がかかっている、とは前に聞いたことがある。攻撃魔術が飛び道具に含まれるのかどうかは分からないけれど、少なくともエネルギーボルトなどの直接攻撃は全てかわされている。だから、私たちの使っている魔術は補助的なものにならざるを得ない。

「ふむ……実に愉しいぞ。そなたの風よりも早き突き、手練れ故に引き手も見せぬか」
「槍を引く瞬間はこちらの隙になるんでな。しかしてめぇも、そんなに長い刀で素早いな……面白ぇ」

 コジロウとセタンタ、彼らは既に私たちの存在を無視して2人だけの戦に入っている。セタンタは思いっきり戦ってみたい、と公言しているような人物だったから、私も彼の気持ちは分からなくは無い。
 分からなくは無いが、本気で死闘を演じられては困るのだ。
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