マジカルリンリン14
「――セタンタ」
「バゼット!?」

 キャスターの私を呼ぶ声を意図的に無視し、私は足を進めた。コジロウが私の思いを分かってくれたのか、構えていた日本刀をすっと下げてくれた。すまないな、お楽しみのところを。

「ルーン石の姉ちゃんか。あんたの使い方も、なかなかだって褒めておくぜ」
「バゼットだ。バゼット=フラガ=マクレミッツ」

 彼が知っているはずの名前を、改めて名乗る。その一瞬、青い眉がぴくっと反応したような気がした。が、それはほんの刹那の話で、彼は私の心臓を真っすぐに、槍を持ち上げて狙う。

「バゼット、か。まぁ名前なんてどうでもいいけどな……マスター・ファーザーの命令だ、あんたらにはまとめて死んで貰う」
「殺してどうするの。バゼットと小次郎はとかく、聖杯戦士たる私は聖杯降臨の儀式において祭司を務めるのではなかったかしら?」

 ふと訝しげな顔をして、キャスターが疑問を口にした。なるほど、聖杯戦士が祭司の役割を務める以上、そう簡単に殺してもいいものなのか。その疑問に対して、セタンタはハ、と肩をすくめるとやれやれといった表情で答える。

「祭司は一人で良いんだよ。他は祭司の予備であり、儀式を行うに当たっての最後の生贄さ……何しろ孔を開けるんだ、戦で成長した魔術戦士の魂は最適だろ?」
「孔?」
「そういえば、イリヤスフィールが言っていたわ。聖杯とは、冬木の地脈の力を受けることで根源へ至る道を開くものだと」

 眉をひそめた私に、キャスターはちらりとこちらを見てからそう補足してくれた。それは私にとっては初耳かつ聞き捨てならない問題だ。

「……そうか。つまりアインツベルンやマキリ、そしてトオサカは協会に報告することなく、根源への道を開くつもりだったのか」

 はぁ。極東の地で聖杯なんてものが出現した背景はこれ、だったか。そして、私とセタンタが魔術協会から派遣された理由が何となく掴めた。
 聖杯による門の出現……そして根源に至る儀式は、魔術協会の監視下で行われるべきものだ。今までこちらに情報が流れてこなかったのは、聖杯に関わる3つの魔術家系が情報を漏らさなかったからだ。元々魔術師の家系は秘匿条項を外部に漏らすことがない。それは家系を守る為に必要な事項であり、別の家系に漏れることは即ち自らの家系が没落することである。そりゃあ、秘密保持が堅牢になるわけだ。

「私たちは、その秘密条項を調査し協会へ報告する為に、わざわざ極東へと派遣されたわけか」

 そして、表向きの使命である聖杯に関する調査を始めたところで、コトミネに相談を持ちかけられ――セタンタと左腕を奪われた。セタンタは洗脳され、聖杯を我がものにせんとする秘密組織アンリ=マユのコマンダー・ランサーにされた。

「――ふざけるな」
「あぁ?」
「ふざけるな、と言った」

 そう呟きながら一歩、また一歩と前に進む。私の行動を一瞬理解できなかったのか、セタンタは慌てて槍を構え直した。けれど、その穂先が僅かながら揺れているのが私には分かる。何故、彼が私に槍を向けねばならないか。

「根源に至るのは構わない。それは魔術師にとって、究極の目的であるからな」

 そっと右の耳からピアスを外す。セタンタが、手持ちの石にルーンを刻んでプレゼントしてくれたものだ。曰く、「お前さんは危なっかしいからな。お守りだぜ」だそうだ。今考えると、お守りが必要だったのはセタンタ、お前の方なのにな。

「だが、私の友人だけは返して貰う。孔の向こうに行く時は、私は彼と一緒に行く。邪魔などさせない」

 立ち止まる。指先から、私の魔力をピアスに流し込んだ。さぁアンリ=マユのコマンダーよ、私の友を返せ。

「――てめぇ、ざけやがって!」

 セタンタが地面を蹴った。バックジャンプで私から距離を離そうとするのは読めていたから、タイミングを合わせてこちらは前方に大きく跳躍する。その勢いのままに、右手を大きく振りかぶって、槍を突き出そうとするセタンタに叩きつけた。

「ナウシズ!」

 ――意味は抑制の必要性、抵抗、苦難、束縛、悲しみ、そして――

「あ、がぁっ!?」

 私のありったけの魔力をつぎ込んだルーンのピアスは、見事にセタンタの身体を拘束せしめた。私はキャスターを振り返りながら、彼を僅かに避けて地面に……転がる前に、コジロウの腕に抱き留められていた。

「良くやったな」

 ふ、と爽やかな笑みを浮かべたコジロウが、視線をセタンタに向ける。そこにはキャスターが……

「はぁっ!」

 ……彼女は、ショートレンジの瞬間転移でセタンタの目の前に出現していた。右手に、何やら奇妙な形の短剣を握りしめている。あれがセタンタを解放できる魔具なのだな。

「な……ドメル戦法かよっ!?」
「私の世代では、デスラー戦法って言うのよ。覚えておきなさい」

 憎々しげに顔を歪めるセタンタと、薄く微笑むキャスター。とん、とあまりにも軽い音がして、ここからでもあの短剣が青い胸に突き立てられたのが見える。

「破戒すべき全ての符!」

 凛とした声がその真の名を告げた時、彼らを強力な光が包み込んだ。

 ――そして、『悲しみと不運を乗り越える』。


  - interlude out -


  - interlude -


「開け、王の財宝!」

 ギルガメッシュの展開する無数の刃たち。わたしは愛剣を、アーチャーは干将莫耶を縦横無尽に振るってそれらを次々と叩き落としていきます。サクラもアゾット剣を振るって応戦中ですが、どうしても彼女は押され気味になってしまっていました。これは経験の無さからきているものなので、致し方ないことではあるのですけれど。まぁ、ここは先ほどペガサスが舞い降りた外人墓地、盾となるものならいくらでもあります。故人には済まないのですが、今は生きている者の生命の方が重要なので。

「――I am the bone of my sword.」

 黒い洋弓に矢の代わりとなる長剣をつがえ、アーチャーが弦を放しました。ひゅ、と音がして、捩れた刃を持つ剣はギルガメッシュへと向かって行きます。

「ふむ、この程度で我に敵うと思うてか!」

 ギルガメッシュは素早く剣を取り出し、矢として放たれた剣を薙ぎ払う……その瞬間、アーチャーが口の中で何かを呟いたような気がしました。

「っ!?」

 螺旋の刃を持つ剣は、創造主の求めに応じたかのように突如爆発、四散。その爆風が、ギルガメッシュを吹き飛ばしました。ここは畳み掛けた方が得策ですか!

「はぁあっ!」

 ギィン!
 風王結界を強化し、目に見えぬ刃を爆煙の中の裏切り者へと振り下ろしました。が、この衝撃は生身を抉った音ではなく、金属同士がぶつかった音。つまり、ギルガメッシュが新たな剣を持ってわたしの攻撃を受け止めた証。

「ふむ……セイバー。そなたを妻として迎えるには、後腐れの無い方が良いな……祝賀の花火代わりに、我が愛剣を披露することとしよう」
「な……」

 煙が晴れていきます。その中から現れ出たギルガメッシュの手には、見たことの無い剣がありました。いや、これは剣というより……何か筒みたいで、その筒がくるくる回っていて。何でしょう、これは?

「ど、ドリルですねっ! ドリルな剣ですねっ!」
「ふむ。ギルガメッシュ、貴様も漢のロマンというものを心得ているようだな」

 サクラ、なぜあなたは目をキラキラさせて感動しているのでしょうか? アーチャー、あなたもなぜ、腕を組んでうんうんと深く頷いているのですか? 削岩機のようなあの剣は、そもそも剣とは言わないでしょう!

「うむ、ドリルは漢のロマン故……って、違ーう! これは世界を切り裂いた剣だ! 名前が無い故、我はエアと呼んでいるがな!」

 って、やはり剣のカテゴリーに入れるんですか、ギルガメッシュ。ああ頭が痛い、やはりこのような男はとっととぶっ飛ばしてしまうのが、わたしの精神衛生上最良と判断します!

「風王結界、解放!」

 ええい、ここは必殺技で決めてしまいましょう。わたしは愛剣を包み込んでいた風王結界を解除、金色に光る剣を構えました。ってギルガメッシュ、何故そんなに嬉しそうな笑顔なのですか? あああ、ドリルな剣の回転速度が上がっています! 吹き荒れる風王結界の風をものともせず、あの男は実に楽しそうにこんな事を口にしました。

「……そうか、セイバーよ。全力を以て、我が最高の男であることを見せよと言うのだな? その期待には応えねばならぬなぁ」
「誰もそんなこと言ってませんっ!」
「すすす、ストーカー反対ですっ! アゾット剣、頑張って下さいっ!」

 ほら、サクラもあなたのような男は嫌だと申しておるではないですか。そして、同じ男性であるアーチャーもまた、苦虫を噛み潰したような顔をしていますよ。

「やれやれ……こういうタイプは叩きのめしてもしつこく向かってくるからな。面倒くさいのだが」
「抜かせ、贋作者が……行くぞ、セイバー。愛の一撃を」
「要りません!」

 ギルガメッシュめ、台詞はふざけていますがその目は真剣その物。こちらも最大出力で行かねばなりませんね。見せましょう、10年前に聖杯を切り裂いた我が剣の力を――!

「約束された――勝利の剣!!」
「天地乖離す――開闢の星!!」

 わたしの剣とギルガメッシュのエア、二振りの剣が同時に光を放ち……そして、その隙間に艶やかな花が咲きました。

「――熾天覆う七つの円冠!!」

 アーチャーの……もう一人のシロウの、良く通る低い声と共に。


  - interlude out -
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