マジカルリンリン14
『惚れた腫れたのお話は、それで終わりですか? リン、シロウ』
「うわわわわわっ!?」

 いきなり、セイバーの声で声をかけられた。慌てて振り向くと、そこには士郎をここまで引っ張り出してきた『セイバー』が立っている。その手にある黒い剣と、そして彼女の全身は、どす黒い血で染まっている。

「ブラックセイバー……みんなを……」
『処分は完了しました。シロウ、これであの火災から生き延びた孤児はあなた1人です』
「え!?」

 それ、どういうこと? とシロウを振り返り、次の瞬間わたしはそれを後悔した。士郎の顔は青ざめて、とても今の今まで両思いだばんざーいなんて甘甘な雰囲気に浸かっていたとは思えないほど哀しい表情をしていたから。

「……よく状況が呑み込めないけど、要はあなた、人を殺したわけね。何の罪もない人々を」
『そちらの言い方に合わせれば、そう言うことになりますか』

 ほんとだ。外見は結構わたしたちの知ってるセイバーに似てる。士郎が間違えても、まぁしょうがないか。だけど、中身は……まるで違う。たったこれだけの会話で、わたしはそれを理解した。だから、思わずアゾット剣を構える。背中に士郎を庇って……もう良いわよ、士郎の王子様でも何でもやってみせるんだから。

『ああ、今あなた方と剣を交える気はありません。グランドマスターより、ここで決着を付けるなとの命が下りましたので』
「え?」
「へ?」

 士郎曰くのブラックセイバーの言葉に、わたしと士郎は同時に何か間の抜けた声を上げてしまった。それからよく見たら彼女、左手に綺礼ぶら下げてるじゃないの。あーあ、ライダーにぎたんぎたんにのされてご愁傷様。で、当のライダーはどこ行ったのかしら?

『既に聖杯はこちらの手にあります。しかし、鞘は未だそちらの手の内に』

 ずーるずーると綺礼を引きずりながら、ブラックセイバーは階段へと歩いていく。ところで綺礼、生きてるのかしら? まぁ生きててくれなきゃ、わたしが殴る分が残ってないけれど。って、今ブラックセイバー、何か肝心なこと言ったような気がするんだけど。

『大聖杯でお待ちしております。我らアンリ=マユとあなた方聖杯戦士、どちらが聖杯の力を受けられるのか……決着を付けましょう』

 彼女はそう言って冷たい笑みを浮かべた後、そのまま階段を上がっていった。あーあ、綺礼の奴、口から何か出てるわよ。内臓にも見えたけど、まぁ気のせいよね。わたしが引導渡すまで待ってなさいよ?

「……遠坂、ライダーは……?」
「え、あ、そう言えば……奥かな?」

 そうか。この場所から見えないなら、奥の部屋よね。士郎が起き上がりかけたけど、わたしは彼をやんわりと押し戻してから自分が向かった。士郎が見たものを、士郎が見たよりきっと酷くなっているものを、わたしは見届けなければならなかったから。

「――――うっ」

 そうして、奥の部屋でわたしが見たものは。
 ここまでするのかってくらい切り刻まれた、多分人間だった『モノ』と。

「ぐ……げほ……」

 わざわざここでは死なないように、急所を外して切り裂かれた、ライダーの姿だった。


  - interlude -


 ……吹き飛ばされた、と思った。
 あまりに激しい風が2つも吹き荒れる外人墓地に飛び込んだから。
 戦のニオイを求める、『彼』を追って。

「おああああ――――っ!」

 彼が大きく槍を振り回した。と同時に槍は無数に分裂し、風を切り裂くように……いや、本当に風を切り裂いている。強風、いや既に嵐と呼んでも良いだろうこの風を、槍は少しずつではあるが確実に削り取っていっている。

「エオロー!」

 私も負けてはいられない。ルーンストーンを地面に叩きつけ、風を弱める防御壁を創り出す。7弁の花のような盾と、少女の魔力を受けて巨大化したアゾット剣の刃に上乗せする形で、暴風から彼らを守る。

「く、あああああ――――っ!!」

 セイバーの声が聞こえる。そうか、この強風の片割れ……彼が打ち消そうとする嵐に立ち向かっているのは彼女か。
 ぎりぎり、ぎちぎちと風同士がせめぎ合い、削り合い、そして……弾けた。
 一瞬にして風は消え失せ、ごおっと砂煙が立ち上る中、私たちは金の髪の男と距離を置いて向き合っていた。彼の手には、ゆっくりと筒状の刃を回転させる剣が握られている。そして、ありったけの憎悪を込めた視線で私たち……いや、彼を睨み付けていた。

「く……貴様」
「あー、悪いなストーカーさんよ。こっちにも、いろいろ都合ってもんがあってな」

 青い犬の耳と、同じ色のふさふさした尻尾を、残った風になびかせて、セタンタはびしっとポーズを決めてみせた。

「冬木の平和を守る為……女の涙を拭う為! 聖杯戦士マジカルランサー、只今参上!」
「ランサー!?」

 セイバーが驚いた声を上げる。アーチャーも、チェリーも目を見開いて、こちらを見つめていた。その視線ににっと不敵な笑みで答え、セタンタ……いや、マジカルランサーは赤い槍をぐいとギルガメッシュに突きつける。

「っつーわけだ、ギルガメッシュ。にしても、エア出してくるたぁ大人げねぇなぁ。また振られたんだろ」
「な、ななな……! ふざけるな、我が何故振られねば……」
「いえ、ばっちり振られてました。一縷の望みもなく」

 いや、マジカルチェリーよ。そこまではっきり言ってやるのも少々気の毒ではないだろうか? ほら、彼目一杯凹んでいるではないか……いや、敵が気力減退というのはこちらにとっては好都合だが。

「く、き、貴様ら……!?」

 あ、復活した。いつまでも凹んでいてくれた方がこっちは助かるのだが。しかし、今の一瞬の沈黙は何だろう?

「……ち。グランドマスターの命令だ……貴様ら、生命は預けておいてやる」

 ひゅん、と彼が手を振ると、その手に握られていた剣が姿を消す。そして、ぐるりとこちらの顔を見渡した後、セイバーに向けて一言。

「我が妻セイバーよ。挙式は大聖杯にて執り行う。特に許す故、そやつらを参列客として伴うが良い」
「何の話ですかっ!!」

 があー、と雄叫びを上げるセイバーの罵声を背に、飄々とギルガメッシュは去っていった。あの過剰な自信は、いったいどこからわき出てくるのやら。

「――む。背中を撃ってやれば良かったな」

 ぼそっとアーチャーが呟くまで、私たちは何もできずに彼の背中を見送っていた。いかんなぁ、彼のペースに乗せられてしまったようだ。それにしても、大聖杯?

「みんな!」

 墓地の外から声がした。そちらの方に視線を向けると、凛と……衛宮、とあの時呼ばれていた少年がライダーに肩を貸しながら歩いてきたのが見える。どうやら彼は無事だったようだな。

「よぅ、坊主。無事だったか?」

 ランサーが片手を上げる。少年は一瞬目をぱちくりと瞬かせて、それからああ、と大きく頷いた。何だか、犬耳に興味津々っぽい視線を向けているのは何故だろう?

「そっか。お前だったんだ、最後の聖杯戦士」
「そういうことだったらしいな。で、知識はどうだ?」

 やたら馴れ馴れしく少年の頭を突っつくランサー。ま、こいつのこの態度は以前と変わりないけれど。その質問に対し、少年はもう一度大きく頷いてみせた。

「ああ、全部入ってきた。聖杯の起動に鞘の力が必要なことも、やり方も。それから、大聖杯の場所も」
「大聖杯?」

 私より遅れて墓地にやってきたキャスターが、その単語を反復する。先ほどギルガメッシュも、同じ言葉を口にしていたな。

「ああ。200年前に、この地に作り上げられた聖杯システムの大元。多分アンリ=マユは、そこで聖杯起動の儀式をやりたいらしい」

 少年が頭を突き突き絞り出してくる説明。簡素なモノであったが、その言葉の意味はとても重要なモノであることははっきりと分かる。そう、根源へと至る道が開かれるのは、その大聖杯であるということだ。

「……ともかく、一度シロウの家に戻りましょう。まずはこちらの態勢を立て直さねばなりません」

 全員をぐるりと見回して告げたセイバーの言葉に、私たちは無言で頷いて答えた。

 そして、衛宮士郎の屋敷に戻った私たちの前に待っていたのは、聖杯である少女イリヤスフィールが失踪している、という事実だった。


  - interlude out -


 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!


  - interlude -


 やれ、嬉しや。
 聖杯は既に我が手にあり。

 やれ、嬉しや。
 蟲の母は黒き神を既に孕む。

 さあ、宴じゃ。
 血を啜り、魂を喰らう宴じゃ。

 さあ、戦じゃ。
 心を裂き、肉を潰す戦じゃ。

 きゃつらが勝てば、聖杯はあれらのもの。
 おそらくふざけた世界平和、などという戯言に力は使われよう。

 我らが勝てば、聖杯は我らのもの。
 我らが望むのは孕んだ神の生誕、黒き世の降臨。

 ――はて。

 儂はそも、何故聖杯を望んだのであろうな?


  - interlude out -
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