マジカルリンリン15
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 ついに最後の仲間であるマジカルランサーを救出した聖杯戦士たち。
 しかし、その頃聖杯であるイリヤスフィールは既にアンリ=マユの手に落ちていた!
 じゅう、じゅうという音が台所から流れ込んでくる。
 ガスコンロの前に立っているのは士郎とアーチャーのコンビ。2人して、ひまわりの柄のエプロンをきっちり着けているのは何だかなぁ。しかし、後ろ姿を見てるとほんとにそっくりだ。髪の色も、髪型も、肌の色も、背丈だってあんなに違うのに、お鍋の振り方や菜箸の扱い方なんかはもうそっくりそのまま。ネガポジの拡大縮小コピーって感じ。

「……」
「アーチャー、生姜ほい」
「む、すまんな」
「いいって。えっと……」
「味醂だな」
「おぅ、悪い」

 しかもあの2人、ほとんど言葉をかわさない癖にお互いの必要なものはすぐ分かるらしい。調味料が飛び交う飛び交う……ほとんどジャグリングのノリだ。
 あ、士郎がこっち振り向いた。

「遠坂ー、セイバー、そろそろテーブルの上片付けてくれー」
「あ、りょうか〜い」
「はい、お任せくださいシロウ」

 士郎に言われて、わたしとセイバーはちゃぶ台の上いっぱいに広げられていた紙を整理にかかった。冬木市の地図とか、士郎が頭の中から引っ張り出してきた知識に関するメモ書きとか、桜やランサーが知っている限りのアンリ=マユの組織構成図とか、いろいろ。
 そう、ただ今我ら聖杯戦士は、アンリ=マユとの最終決戦を前にしての作戦会議中……のはずなんだけどな。何でみんなてんでばらばらなのやら。おーいみんなー、ご飯よー!


第15話
―いざ突入! アンリ=マユは地底にあり!―



 衛宮邸のあっちこっちに散らばっていたみんなが、ぞろぞろと集まってくる。セイバー、キャスター、ライダー、桜、ランサー、バゼット、アーチャー、小次郎、んでわたしと士郎。総勢10名、これは食事の作りがいもあるというものだ。……イリヤスフィールとメイドコンビで、ほんとは13人だったはずなんだけどな。
 本日の夕食は焼きビーフン、鮭のクリームソース煮、小松菜のお浸し、具だくさんのスープにブリ大根、ほかいろいろ和洋中。どうやら冷蔵庫の在庫一掃セールをやったらしい、力一杯無節操な料理が食卓狭しと並んでいる。これを最後の晩餐にしないように、頑張らないとね。

「それじゃ、いただきます」
『いただきまーす!』

 いつもの通り、士郎の挨拶でスタート。新参の2人はどうかな、と手元を見てみると、バゼットはうまく箸使えるみたい。だけど、ランサーが思い切り握り箸だな。士郎、フォーク持ってきてやって。

「ん、うめーな。これ坊主か?」

 で、持ってきてもらったフォークでぱくぱく、とブリ大根を口にしながらランサーが尋ねる。士郎が「そうだけど」って答えたらあのやろー、「そーか」と満足げに頷いた。

「うむ。坊主、良い嫁さんになれるぜ。そっちの赤い嬢ちゃんにでも貰ってもらうか?」
『なっ!?』

 言うに事欠いてそれかーっ!! わたしと士郎、同時に顔がまっかっかになってしまった。ってこら他全員! 何注目してるんだ、食事をしろ食事をっ!

「ね、姉さん、いつの間に先輩とそんな仲になったんですかっ!?」
「サクラ、まだ手はあります。義理の兄との人目を忍ぶ関係、というのはなかなか燃えるシチュエーションではないでしょうか?」
「それは聖杯戦士の風紀を任された身として、このセイバーが却下します!」

 ええいそこ、当人を置いて勝手に盛り上がるな。つーかセイバー、あんた確か士郎の貞操守る役目じゃなかったっけか? いや、確かに藤村先生がセイバーのこと、風紀委員とか言っていたけども。

「ふふふ、初々しいカップルね。ああ宗一郎様、この戦が終わった暁には私を貰ってくださいまし。お寺でお式を上げて、披露宴は駅前のホテルで、それから二人で激しく優しい初夜を……」
「ふむ、これは小松菜か。昨今の野菜は味が薄うなったと思うていたが、これは昔ながらの味わいがする」

 1人で妄想を暴走させているキャスターは放っておこう。君子危うきに近寄らず、でいいのかな? その横でお浸しを食べていた小次郎の感想に、士郎がああと顔をほころばせた。

「藤村の爺さんの知り合いにさ、有機無農薬農法で野菜を作ってる人がいるんだ。そちらからのおすそ分け貰ってきたから」
「ゆうき……ふむ、詳しいことは分からぬが良い野菜であるな。作った人の顔が見える」

 そう呟きながら、キュウリの浅漬けを箸でつまんでぽりとかじる。あれは確か、アーチャーが合間に塩揉みしてたやつだ。こまめなのよね、士郎もアーチャーも。ま、同一人物なんだから当然か。

「これの塩加減もなかなか。塩昆布がいい味を出している」
「ふむ。お褒めに預かり光栄だ」

 今度はアーチャーがうれしそう。あんたら、料理褒められる以外に何かうれしいことは無いのか?

『……うれしいな。そんな風に思ってくれてたなんて』

 ――。
 あったわ、ひとつ。

「リン、熱でもあるのか?」
「うわたたたっ! な、何よバゼット!?」

 いきなり至近距離から覗き込まれた。あーびっくりさせないでよもう。それに、熱は無いと思う……多分。

「違う違う。坊主と嬢ちゃん、いい仲みたいだぜ」
「な、何言ってんだよランサー!」
「何言っているも何も、見たままではないか。まったく貴様ら、緊張感もヘッタクレもないものだな」

 妙な出し物見てる気分だ。未来の士郎が、今の士郎に呆れて大げさに溜息ついてる。その2人を見比べていたライダーが、取り皿に新しい肉を取り分けながら呟いた。

「サクラ。どうせでしたら、アーチャーでも悪くはないと私は思いますが」
「えー……ま、まぁ確かに先輩は先輩ですけど、今から先輩をわたし好みに育て上げたいっていうのは贅沢かしら?」
「それは失礼致しました。確かに、その方が面白そうですね」
「桜、ライダー! 人の彼氏を勝手に自分好みに育てるなー!」

 があー! うう、何でこいつらは人の恋路を邪魔するのかなー……いや、先に邪魔しちゃったのはわたしの方だけれども。

「あはははは。まぁ、桜嬢ちゃんもなかなか見込みあるからよ、きっと良い奴見つかるぜ?」
「う〜、あ、ありがとうございます……姉さん、恨みますよぅ……」

 だからこっちに怨念のこもった視線をぶつけないでよね。しょうがないじゃないの、わたしが士郎を好きで士郎もわたしを好き、これは歴然とした事実なんだから。


 そんなこんなで食事も終了。アーチャーが後片付けを引き受けてくれているうちに、わたしは他のメンバーの前にさっき書き散らした紙を広げた。まずは冬木市の地図。柳洞寺のある山の中腹辺りに、士郎がつけた×印がある。ランサーの洗脳が解けたと同時に士郎の頭の中に展開された、鞘に蓄えられた知識のもたらした情報だ。

「で、士郎。入り口はここでいいのね?」
「ああ。そこから山の地下に、大聖杯への行き道が続いてる。そんなに難しい道じゃない……と思うんだけど、アンリ=マユに先手取られてるからなぁ」

 赤い髪をガリガリと掻きながら士郎が説明してくれる。そう、大聖杯の在りかは柳洞寺のある山の『中』だった。なるほど、昔読んだ絵本の記述どおりということか。

 冬木の地には竜の神様がいて、そのお腹の中には不思議な泉がわき出ている。
 その泉の水を飲んだものは、誰でも1つだけ願いが叶う。
 竜の神様はいつも山の洞穴の中にいて、冬木の地を見守ってくれている。

「お山の中腹って、お寺への参道以外は普通に山林でしたよね。熊や蜂が出るから、子供は遊びに行っちゃいけませんって学校で言われましたっけ」

 桜が、遠い昔を思い出しながら言う。うん、わたしも先生に言われた記憶があるな。それと、道を外れて迷う人が毎年何人か出るから、気を付けなさいって。

「別に熊も蜂もいなかったぞ。それに、あの辺りは秋になると山菜が採れるんだ」

 一成や坊さんたちと一緒に採りに行ったことがある、と士郎は別の意味で懐かしそう。むー、なるほど。って、そういう話をしているんじゃない。話を戻そう。

「それで、向こうはあとどれくらい残っていたかしら」
「えーと……グランドマスターのお祖父様と、ギルガメッシュさんにアサシンさんですね」
「コトミネも健在だな。それから、君たちが会ったというブラックセイバー……そのくらいではないか?」

 ふむ、とわたしは頷いて、手元の紙に今挙げられた名前を書いていく。間桐臓硯、ギルガメッシュ、コマンダー・アサシン、綺礼、ブラックセイバー。並んだ名前は5つ。

「他に隠し球が2、3あると見ていいでしょうね。どーせ『こんなこともあろうかと』って用意してあるに違いないわ」

 わたしの言葉に激しく頷いたのは桜。そーか、やはりあの蟲爺そーいう性格だったか。で、臓硯の性格が分かっているなら、奴が取ろうとしている戦法も大体読める。

「こちらが突入したら、恐らく強制転移か何かを使って私たちを分散させてくるでしょうね」
「んで各個撃破、か。やりそうなこった」

 キャスターとランサーの言う通りのやり方でくると、わたしも思ってる。だって、変身集団ヒーロー物のお約束、ってやつだもの。あの悪の組織ヲタクな爺がそのパターンを取らないなんて、誰も思わないわよ。

「その場合一番危険なのは、言うまでもないとは思いますが士郎ですね」

 ライダーにメガネ越しにじっと見つめられて、士郎は「俺?」と自分を指差して不思議そうな顔をした。こ、こいつ……あんだけ拉致られといて本人の危機意識薄っ。
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