マジカルリンリン15
「シロウは鞘の主です。それはつまり、聖杯起動の儀式に無くてはならない存在……故にアンリ=マユも、シロウの確保を狙ってくることは間違いありません」
「……あ、そうか。そういえば言峰の奴、『産褥たる鞘を発動させ、維持させる為だけの人形になって貰う』って言ってたっけ」

 セイバーの説明に、納得したように頷く士郎。へぇ、あのエセ神父、わたしの士郎にそんな台詞吐いたんだ……って、産褥?

「士郎。綺礼、ほんとに産褥って言ったの?」
「ああ、はっきりと聞いた。目の前で口にしやがったからな、間違いない」
「そう……」

 確認の質問にも頷かれて、わたしはちょっと考え込んだ。産褥とはつまり、妊婦が赤ちゃんを生む時の寝床のこと。聖なる鞘であるアヴァロンをそれに例えるというのは――つまり、奴らの狙いとは。

「何で気付かなかったんだろ。あいつらの組織名・アンリ=マユって、ゾロアスター教の悪神じゃないの」
「古代ペルシャの悪魔。その名を冠する組織……なるほど、連中の目的はその降誕ということか」

 何てことだ。ってーか、よく考えりゃ戦隊ものなんかにもその前例はあったわね。えーっと秘密結社エゴスだっけ? こんな知識、何で持ってるんだろうわたし。父さんの書庫にあった秘蔵の資料集だったかな?

「あー……何か、ちらっと記憶の端にあるな。前回の聖杯の中にそいつがいて、言峰の奴はそれを表に出そうとしたとか何とか」
「私も聞いた記憶があるわね。ええと……そう、それは『この世全ての悪』を体現する存在、だったかしら」

 がりがり、と尻尾みたいな一部だけを伸ばした髪を掻き回しながら、ランサーが言う。キャスターが小さく頷いて、彼の言葉に続いた。ライダーは……首を捻ってる。そっか、あんたがついてたマスター、慎二だもんねぇ。そんな情報、貰えなかっただろう。苦労してたんだ。

「……前回の、聖杯の中に?」

 セイバーが、呆然と目を見開いている。そうだ、前回出現した聖杯は、士郎のお義父さんの言霊を受けたセイバーによって破壊されたんだ……そうなると、士郎のお義父さんは聖杯の中身を知っていたか、少なくとも外に出しちゃいけないものだってことに気づいたわけだ。

「キリツグの武器は、魔力をこめた弾丸を撃つ魔銃でしたから……確かに、あの聖杯を破壊するには力として足りなかった……」
「だから、セイバーに斬らせた。事情を説明している時間もなかったから、無理矢理だったけれど」

 ああ、セイバーと士郎、何だかほっとした顔になってる。うん、士郎のお義父さん……マジカルガンナー・衛宮切嗣は、ちゃんと正義の味方としての任務を果たしたことになるんだもんね。

「――だけど、その首謀者である綺礼は生きてた。そして、新たなる聖杯の出現を予測していた」
「お祖父様もまた、それを予測なさっていたんですね。だからこそ悪の組織を作り上げ、今度こそ聖杯の力を我がモノにして、アンリ=マユの降誕を……と謀った」

 わたしの言葉を桜が追いかけてきた。そう、グランドマスター・マキリこと間桐臓硯。アンリ=マユの最高幹部で、わたしの可愛い妹にひどい仕打ちをして、士郎を拉致ってくれた一人。はぁ、誘拐犯が複数健在ってのはすっごく嫌だなぁ。

「っと。相手がどんな事を考えているかなんて、どうでもいいわ」

 うん、悪の組織の考えなんて、探ってるだけ無駄だ。そう気付いて、わたしはぽんと両手を打つ。あー、これだけで魔術ってーか錬金術を使えるあの豆チビ、ちょっぴり……羨ましくなんかないぞー。

「問題は、奴らに聖杯が奪われたってこと。そして、冬木市……いえ、この世界に邪悪な存在をもたらそうとしてること。――士郎を狙ってるってこと」

 はっきり言おう。わたしにとっては一番最後が一番の大問題だ。そりゃ、聖杯戦士としては聖杯を……イリヤスフィールを奪われたことはえらい問題だし、冬木の管理者としては自分の管理する土地に訳の分からない悪神なんか降臨されても困る。その悪神とやらが世界を滅ぼすような存在となればなおさらだ。
 だけど、わたしは遠坂凛なんだ。ぶっちゃけ個人的な感情を出させて貰えれば、今目の前で新しい玄米茶を淹れてくれてるこの赤毛の朴念仁にいなくならないでほしい。今台所で夕食の後片付けをしてくれている、心をぼろぼろに削り落としてしまったあの英霊にならないでほしい。それは本来、魔術師として管理者として聖杯戦士として許されない感情だろうけど、でも。

「わたしは、士郎を壊そうとした間桐臓硯や言峰綺礼を許せない。だからぶっ潰す」

 最後の戦いに行こうとしている今だからこそ、わたしは本音をぶちまけた。

「――」

 ってこら、何沈黙してるんだあんたら。士郎もぽかーんとわたしを見つめないで、ああ顔面から火を吹きそう! えーいこんな発言、みんなの前でするんじゃなかったーさすがうっかり家系の後継者ねわたしっ!

「……よく言ったぜ、嬢ちゃん。ははは、気に入った!」

 内心わたわたしていると、大きな手でばん、と思いっきり肩を叩かれた。腕の主に視線を向けると、赤い目を細めほんとに犬みたいな牙を剥き出しにして笑ってる。うー、ランサーに気に入られてもどうだかねぇ、ってあら、キャスターがわたしの手を両手でしっかりと握ってきた。

「よく言ったわ、リン。そうよ、愛は何物にも代え難き至高の宝なのよ! このキャスター、全力をもってあなたと彼の愛を守り通して見せるわ! そんでもって私と宗一郎様の愛も……」

 って、わたしへの台詞が途中から妄想の暴走になってどうする。しかしキャスター、あの葛木先生のどこにここまで惚れ込んだんだろう?
 なんかじとじとした視線を感じて顔を向けたら、本気でジト目の桜と視線が合った。その瞬間、桜はぐっと拳を握って身を乗り出してくる。く、その胸は反則だちくしょう、ライダーと並んでゆらゆら揺れてやがる。

「姉さん! わたし負けませんよ! お祖父様やアンリ=マユをぶっ潰すのには賛成ですが、その後先輩との愛を育むのはこのわたしですからねっ!」
「そうです、リン! そして私もそのおこぼれに預からせていただきます!」

 桜の主張は分かる。この子も士郎にべた惚れだし、そもそも桜が間桐の家に反旗を翻したのは士郎のためだ。でもライダー、何便乗してるんだ?

「――シロウ、ハーレムはいけませんよ。愛を捧げるべきはただ1人、これは風紀委員からの警告です」
「誰がさ、セイバー」

 ……セイバーはそっちに行ったか。しかしありゃ、風紀委員というより年の離れたお姉さんみたいな感じだな。するとわたしにとっては小姑? うわぁ。

「……おや?」

 馬鹿騒ぎに交じらず、小次郎とのんびり玄米茶を飲んでいたバゼットが、ふと声を漏らした。つられて、彼女が見ている方向に視線を向ける。台所はすっかり片付いていて、人の気配はまるでない。

「――英霊殿は、どうやら己のいるべき場所に向かわれたようだな」

 小次郎の低い、よく通る声が、アーチャーがいつの間にかいなくなっていたという事実をわたしに認識させた。そういえばあいつ、聖杯の守護者だったっけな。


  - interlude -


 わたしは、じっと立っている。この身は既に人にあらず、天の衣を纏ったわたしは願望機にして鍵。大聖杯を起動させ、向こう側への穴を開け、――大聖杯の中に潜むアンリ=マユをこの世界に誕生させるための、鍵。

「……気分はどうですか?」

 黒い衣を纏った『彼女』が、わたしの真正面に立って話しかけてくる。最悪と答えたら、『彼女』はくすくすと笑った。いかにもおかしそうに、楽しそうに。

「そうですか。わたしは最高ですよ。こんなちっぽけな身体じゃなくて、やっとお外に出られるんですもの」

 むに、と必要以上に発達した胸をさらに強調するように自分の身体を抱き締めて、『彼女』はとてもうれしそう。そういうのをうしちちっていうのよ、と教えてあげたら、さすがにちょっと顔を引きつらせたけれど。

「む、いいじゃないですか。この胸とこの身体で、わたしは自分を外に出してくれるもう1つの鍵を手に入れる。そうして、わたしはやっとなりたかったものになるんです」

 もう1つの鍵。それは聖なる鞘をその身に宿すシロウのこと。彼らアンリ=マユが何度も何度もシロウを狙ったのはこのため。『彼女』の姿をした端末を操る本体……組織の名にもなっている悪神をこちらの世界に生み出すため。
 ああ、くだらない。そもそも根源への道を開いて失われた魔法を取り戻そうとしたアインツベルンも、管理地を提供してその利権を得ようとしたトオサカも、死にたくないあまりに蟲に宿り魔法を奪おうとしているマキリも、みーんなくだらない。そして……自分の存在意義に何の疑問も持たずに、その意義を果たすために生まれ出ようとしてるアンリ=マユも、くだらない。

「ああ、イリヤちゃん。お守役が来ましたよ」

 うるさい。その顔で、その姿で、その声でわたしを呼ばないで。アーチャーが来たことくらい、わたしは五感を閉ざしていても分かるんだから。だって、アーチャーは――シロウはわたしの■だから。

「くす。無表情を装っていても、頬が緩んでいますよ。よほど嬉しかったんですね」

 じゃあ、しばらく2人っきりにしてあげますね、と言い残して、『彼女』は去って行った。入れ替わりに背の高い、白い髪と黒い肌の英霊がゆっくりとわたしに歩み寄ってくる。英霊としての正装である赤い外套、黒の軽装鎧を纏って。
「済まない、遅くなった」

 いつもの憮然とした表情のまま謝る彼に、わたしはいいのよと首を振った。それから、そっと目を閉じる。ああ、シロウたちが近づいてくるのが分かる。ごめんね……あなたたちを、巻き込んでしまって。これで、最後だから。

「――いよいよだな」

 ぽつんとアーチャーが呟いた。ひとつ頷いて、きっと前方を見つめる。
 さぁ、観客の皆さん、御覧じろ。
 実にくだらない喜劇の、最終幕の始まりよ。


  - interlude out -



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