マジカルリンリン15
 わたしたちは、夜の深山町をひた走っていた。向こうに着いてから変身する暇なんてありゃしないだろうってことで、士郎の家を出る時にもう済ませてある。わたしたちの全速力だと士郎は着いてこられないから、ランサーが肩に担いでおります。ちなみに、誰が運ぶかを決めたのは聖杯戦士全員参加のジャンケンだった。何でやねん。
 柳洞寺の参道の下までたどり着いたところで、わたしたちは足を止めた。ランサーの肩から降ろされた士郎が、ありがとうなと礼を言ってる。ち、やはり問答無用でわたしがおんぶして運べばよかった。何で最初に脱落するかなぁ、わたし。

「……あ、宗一郎様」

 参道の途中に、こちらに向かって降りてくる人影があった。即座に正体を看破したのはキャスター、愛の力は……いけない、伝染してる。
 目の前まで来た葛木先生を見て、ちょっとビックリした。作務衣着てる。いやまぁお寺だし、パジャマとかバスローブとか着られてても何か違和感ありまくりだけど。で、彼はわたしたちと並んでいるキャスターに視線を固定して口を開いた。

「行くのか」
「はい」
「早めに戻れ」
「分かりました」

 短い言葉が2人の間を行き交う。うわぁ、大人のカップルってあれだけでお互いの思いをやりとりできるんだ……わたしも士郎と、そんなカップルになれたらなぁ。うむ、この戦いが終わったら頑張ろう。
 あ。キャスターから視線を外した葛木先生が、わたしたちの方見てる。うう、何か怒られそうで嫌だなぁ。

「遠坂、衛宮、間桐」
「はい?」
「何でしょう、葛木先生」

 呼ばれたらしょうがない、きちんと返事をする。猫耳猫尻尾で猫かぶりもヘッタクレもないけれど、だからこそらしいかもしれないな。ま、この相手に猫かぶりは通用しないだろうけど。ほら、平然とこちら見てるし。

「あまり夜中に歩くのは感心せんな。これからは控えるように」
「――は、はい、分かりました」

 何だそりゃー。まるで学生に対する校外指導じゃないか……って、そのままか。向こうは先生、こちらは生徒だものね。そして桜、素直に返事してどうする。

「……先生。もし地震を感じたら、寺のみんなと一緒に山を下りてください」
「分かった」

 わたしの言葉に、ほんの僅か先生は頷いてくれた。よし、これでもしお山が崩壊なんてことになっても……大丈夫、かな? うーん、大丈夫なことを祈ろう。寺だから、仏様にでも祈るか。

「それでは宗一郎様、行って参ります。ほら、みんなも」
『……行ってきます』
「ああ、行ってこい」

 むぅ、キャスターに釣られてみんなでご挨拶なんぞしてしまった。それを無表情で見送る葛木先生の顔が、少しだけ笑っているように見えた。何でかな。


  - interlude -


「――セタンタ」

 人がいなくなると、日本式のリビングは急に広く見えた。私は散らかった紙を片付けながら、はぁとひとつ溜息をつく。

「やはり、留守居は落ち着かぬか?」

 目の前で私を見つめていたコジロウが、穏やかな笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。本音を隠すつもりもない、私は素直に頷く。

「ああ。本来ならば私も、聖杯戦士のサポートとして戦場に赴きたかったのだがな」
「致し方あるまい。後方支援にもそれなりの役目がある」
「分かっているさ」

 コジロウに言われるまでもない。私と彼がこの衛宮邸に残されたのは、それなりに役割を託されたからだ。


『つまり、言い訳を考えておいて欲しいのよね』

 マジカルリンリンが、そうびしすと指を立てた。私がは、と目を見張ると、彼女は黒い猫の尻尾をゆらゆらと動かしながら言葉を続けてくる。

『だって、聖杯が起動するってことは根源への道が一時的にせよ開くってことでしょ。わたしたちはまだ向こう側に行く気はないし、そうするとその道をもう一度閉ざすことになる』

 彼女の視線は、ちらちらと赤毛の少年に向けられている。根っからの魔術師である彼女と違い、衛宮士郎には根源へ向かうという目的はない。そうか、彼女は彼と寄り添って生きていく道を選ぶのだな。

『だけど、多分時計塔じゃそのくらい把握しちゃうでしょ。根源への道を開いたのに閉じちゃった、なんて絶対大問題になるはずだから……その時の上手い言い訳、わたしたちが帰るまでに考えといて♪』

 そう言って、彼女は軽くウィンクしてみせた。はは、結構魅力的だな。


「……とは言っても、これはかなりの難問だな……」

 いや、参った。『根源に至る道を協会の監督によらず開くこと』自体がそもそも問題なのだ。その上『開いた道を閉じる』なんて事になったら……聖杯戦士たちは戦犯扱い、だろうな。

「さてさて、どうするか……ああコジロウ、そこの煎餅を取ってくれないか?」
「ふむ、構わぬが。ああ、茶のお代わりを淹れよう」
「ああ、すまんな」

 むぅ、それより何より、仲間たちが最終決戦に赴いているというのに、こうやって暢気に茶を啜っている自分の方が問題なのかも知れないな。

「――帰って来いよ、セタンタ。お前と話したいことは、結構あるんだ」

 ぼそっとコジロウに聞こえないように呟いて、私は新しい煎餅をぼりとかじった。うむ、ソイソースの味がしみていて美味いな。


  - interlude out -


 お寺の裏山、枯れ木をかき分けかき分け歩いていく。っつーか、何でほとんど断崖絶壁とか降りて行かなきゃいけないんだろ。秘密基地というモノはもう少しこう、道があるべきじゃないのか。

「そう、隠しスイッチがあって、ぽちっと押したらいきなり入口が現れるような……」
「そんな便利なモノはありません」

 あっさりライダーに否定された。ええい、どうせならそこまで徹底せんかー、間桐臓硯!

「……洞窟みたいだな……行き止まりに見えるけど、あれって」

 あ、士郎が何か見つけたみたい。足元には小川が流れてて、士郎はその上流を見ているみたい。……ここからだと、木が邪魔で岩しか見えないけれど。

「なに? それらしいの見つかったの?」
「ああ、確かめてみよう。遠坂、こっち。傾斜がきついから気をつけてくれ」

 士郎が手を伸ばしてくれた。その手に素直に頼って、小川……っていうよりホースからちろちろ流れるくらいの水の流れのそばに降りていく。で、上流方向に目をやると、岩の間から水が流れて来てるのが分かった。岩は門みたいに積み重なっていて、人ひとりくらいなら通れるだろう隙間が開いている。どれどれと中を覗き込んだら、すぐに行き止まりになっていた――見た目は。

「みんな、来て。ここで当たりよ」

 すぐに全員を呼ぶ。キャスターが中を覗いて、なるほどと頷いた。

「侵入を防ぐ為の結界の一種、でしょうね。大丈夫、このまま中に入れるわ」

 つまり、ここが大聖杯への入口ってことだ。一歩中に入ったら、多分もう向こうの掌の上、だろう。そしてイリヤスフィールもそこにいる。……さ、覚悟を決めて、行くか。

「分かった。ライダー、桜、先頭お願いできる? ランサー、しんがりお願いね」
「承知しました」
「はい、頑張ります!」
「任せとけ。ほれ、行こうぜ」

 わたしが陣形を指示する。その通りに並んで……キャスターはライダーの後ろ、わたしとセイバーは士郎を挟むように並んで進んでいく。目の前にそそり立っている岩の壁は幻覚で、手を突っ込めばそこに岩の感触はなく、容易にすり抜けることが出来る。最初に桜が、手を突っ込んでみた。その瞬間。
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