マジカルリンリン15
「きゃあ!」
「サクラっ!?」

 桜の悲鳴に、咄嗟にライダーが手を伸ばした。その指先が触れるか触れないか……そんな至近距離で、桜の姿は岩の向こうに吸い込まれるように消える。うわ、姿と一緒に気配まで消滅した!

「サクラ!」
「ライダー、焦っては駄目!」

 サクラの後を追って、ライダーが飛び込む。彼女のやたらと長い髪をむんずと掴まえて、キャスターも消えていく。……あー、桜と一緒で気配も追えなくなった。こりゃ、予想通りに分散させられたな。
 わたしは今ここに残ってるセイバー、士郎、ランサーを振り返った。さて、どうするか……士郎を単独で行かせるわけにはいかないしね。うーん、手を握って一緒に飛び込んだら同じところに行けるだろうか。

「嬢ちゃんたちは坊主を護ってやんな。俺は単独で行く方が性に合ってる」

 そんな事を考えてたら、ランサーがわたしの考えを見抜いたのかにやっと笑ってみせた。ははは、確かにそういうタイプよね、あんたは。

「よろしいのですか? ランサー」
「ああ、大丈夫だって。セイバー、お前さん心配性だな……大聖杯で会おうぜ?」

 いや、セイバーのその顔は心配してるって顔じゃないぞ。わたしの内心のツッコミはランサーには届かず、こいつはまるで犬か猫でも撫でるようにセイバーの頭を軽く撫でた。それからわたしと士郎の肩をがっと両手で抱えて、交互に顔を見比べる。そして一瞬真面目な顔をして、一言。

「結婚式には呼べよ? お似合いだぜ、お前さんたち」
「なっ!?」
「へ!?」

 だー、不意打ち喰らった。士郎が目を丸くしているうちにランサーはわたしと彼の肩をぽんと叩いて離れ、「じゃ、お先に」と手を振りながら岩の中へと消えていった。あんた、犬耳と犬尻尾がぱたぱた楽しそうに振れていたのは幻覚じゃないわよね!? 楽しんでいやがったかあのやろー!

「……遠坂、セイバー、行こうか」

 困ったような顔をして、士郎が話しかけてくる。うぅ、わたし今、どんな顔していたんだろう? ま、もう取り繕ってもしょうがないか。ここは、先に進むしかないんだもんね。

「そうね。セイバー、士郎の手をしっかり握ってて」
「分かりました。ではシロウ、失礼致します」

 わたしの指示で、セイバーはためらいもなく士郎の右手をしっかり握った。いやわたしがそうしろって言ったんだけど。で、わたしも士郎の左手をぎゅっと握りしめた。ふふ、士郎、両手に花って気分良いでしょうって、ほんとに気分良さそうな笑顔してるよ、この男。

「遠坂、セイバー。行くぞ」

 さっきとほとんど同じ台詞。だけど、今度は困った顔じゃなくて、笑顔から表情をきりっと引き締めて、決意の顔で言ってくれた。うん、行こう。大丈夫。わたしたちは、負けない。

「ええ、行きましょう」
 わたし、士郎、セイバー。3人の足が同時に踏み出された瞬間、ふわりと宙に投げ出される感覚に襲われる。うわあ、やっぱり強制転移トラップかぁ……士郎の手だけは、放すもんか! うぅ気持ち悪い!


 魔術による転移ってのは、わりと瞬間的に行われるもんである。だから、わたしの気持ち悪さもほんの一瞬で終了。どさどさどさ、と落ちる音が3回して、わたしたちは洞窟の中らしい広い空間に投げ出された。よし、士郎やセイバーとはぐれてない。

「あいててて……遠坂、セイバー、大丈夫か?」

 落っこちた時に打ったのか、腰をさすりさすり士郎が尋ねてくる。わたしはがばっと起き上がり、全身を素早く点検。うむ、問題なし。セイバーは……あらら、顔面から落っこちたのか。ご愁傷様……お、跳ね起きた。

「は、鼻を打ちました! 痛いです、謝罪と賠償を請求します!」
「いや、大丈夫だからセイバー」

 あー、赤くなった鼻をさすってる涙目のセイバー、可愛い。いかん、わたしは別にそういう趣味があるわけじゃなくって、単に可愛いのが好きなだけで。士郎は可愛い……かな?

「おぉセイバーよ――そなたの愛らしい顔に傷を付けるとは許せぬな、聖杯戦士と鞘の主よ」

 ……。
 また、よりによってこいつかよ。そりゃまぁ、こうやって味方が分散された場合、割り当てられる敵っていうのは因縁の相手に決まってるんだけど。って、声のした方向に視線をやると、そこにいたのはドがつくほどの金ぴか、だった。そうか、あいつの聖杯戦士としての正装はオールバックにあのキンキラキンのフルプレートアーマーだったんだ〜……売ったら幾らになるだろう。さもしいな、わたし。
 わたしが鎧の値踏みをしている間に、セイバーは士郎を庇って立ち上がり見えない剣を奴に向ける。さて、そろそろ例のギアスが発動するな。

「いい加減にその口を塞ぎなさい。わたしの鼻に傷を付けたのは、そちらが仕掛けた転移トラップです。故に許せないのはあなたがた……アンリ=マユです!」

 士郎を挟むように、びしっとポーズをつけるわたしとセイバー。これ、後何回やれば終わるんだろうなぁ。

「冬木の平和を守る為!」
「イリヤスフィールを救う為!」
「聖杯戦士☆マジカルリンリン!」
「マジカルセイバー!」
『ここに見参!!』

 あ、セイバーの台詞が少し違ってる。むぅ、いつものギアスも多少は融通が利くらしい。と感心していると、今度は向こうの金ぴかがびしりとポーズを決めた。ぐ、ポーズ取ってる間は敵が攻撃できない、ってのまでギアスに含まれているのかー! ちくしょう動け、わたしの身体。

「冬木の力を受ける為。我が手に力を受ける為。聖杯戦士マジカルアーチャー……ギルガメッシュ見参!」

 向こうは台詞に変化無しの模様。ま、そうバリエーション豊富でもリアクションに困る部分はあるのだけれど。

「■■■■■■――!!」

 ――え?

「な……今の声、は……」

 セイバーの声が震えた。わたしは、一瞬耳の錯覚だと思った。あ、金ぴかの奴、にやりと偉そうに笑ってる……これはあんたらの仕業か!

「何、ちょっとした余興だ。我と刃を交える前に、これを倒して貰おうか」

 ギルガメッシュがふんと鼻を鳴らした。ふいと首を振ると、その動きに応じて地面から黒い影が盛り上がる。その影はぐんと大きく伸び上がり、2メートル以上にまで成長すると瞬く間に人の形を取った。いや、正確には人型をした、門番の姿を。

「――バーサーカー」

 士郎が、その名をぽつんと呼ぶ。全身を影の色に染められた巨人は、彼の声に答えるかのように右手に握りしめた大剣を振り上げた。

「■■■■■■――!!」

 その血を吐くような咆哮が、巨大な空間全体に響き渡る。ちくしょう、絶対にあんたたちは許さない……!
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