マジカルリンリン16
魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
ついに決戦の地・大聖杯へと乗り込んでいった聖杯戦士たち。
分断された彼らの前に、アンリ=マユの戦士たちが立ち塞がった!
「――■■■■!!」
どごっ!
黒曜石の刃が、地面を削る。わたしと士郎は右に、セイバーは左に飛び離れてその攻撃を避けた。と、続けて振られた刃はセイバー目がけて空を切り裂く。
「……っ!」
がきぃっ!
まともに受けていたら、いくらセイバーでも長くは保たない。彼女は黒い斧剣を自らの見えない剣で受け流し、素早く相手の懐に飛び込む。わたしも援護だ!
「――!!」
使った魔術は攻撃用ではなく、セイバーの防御力を高めるためのもの。あんな至近距離からあの太い腕や足での一撃を食らったら……多分、終わるから。
「――投影開始!」
一方、わたしよりさらに後方に下がった士郎は、その手に弓を作り上げる。アーチャーが使う黒塗りの洋弓を作り出そうとしたのかな? だけど出来上がったのは、どっちかって言うと和弓っぽい。まぁ、士郎は元弓道部だし、そっちの方が使いやすいのかもしれないけれど。
「…………中る!」
矢に使ったのは、細みの長剣。真っすぐに撃ち出されたそれは、すとんと……うわ、目に刺さった。痛そう、ってそんなこと考えている場合じゃないけれど。大体……
「ははは、雑種の考えそうなことだ。それは既に目など用を成さぬ。無駄だ無駄だ!」
あそこでせっかくの美形面を半魚人みたくくわっと歪ませて笑ってる、ストーカー野郎がまだ残っているんだから。
第16話
―闇を切り裂け! 衛宮士郎唯一の魔術!―
- interlude -
「――衛宮士郎」
とんとんとんと、包丁がまな板を叩く音が響く。その規則正しい音を聞き流しながら鍋を振っていた俺の名前を、低い声でアーチャーが呼んだ。もっとも、お前の名前でもあるんだけどな。
「何だ? アーチャー」
鍋の中身を焦げ付かせないように気をつけながら、話の先を促す。こいつから話しかけてきたってことは、つまり俺に言っておかなくちゃならないことがあるからだ。
「ギルガメッシュとは、お前が戦え」
何げない言葉を言うように、奴は俺にそう言った。刻んだ野菜を沸かした湯に放り込む……これは野菜スープになるんだよな。鶏ガラスープのあっさり味だ。まぁ、そんなことはどうでもいいけれど。
「俺が?」
「そうだ。奴にとってお前は……衛宮士郎は言わば天敵とも言える存在。実際に戦ってみて分かったことだがな」
俺も一応、あいつとは戦ったことあるんだけどな、という言葉は飲み込んだ。大体、あの時俺はろくに戦えもせずに、遠坂を庇って死にかけて、アヴァロンを投影しただけで終わったんだから。だけど……俺が天敵、ってどういうことだろう?
「どういうことだ、という顔をしているな。このたわけ」
「分かってんなら説明しやがれ。あ、さんきゅ」
最後のさんきゅ、は塩を渡してくれたからだ。まぁそれはさておいて、むーと奴の顔を睨みつけると、向こうは呆れ顔でこっちを見下ろしてきた。なんでさ。
「そのくらいは自分で考えろ」
アーチャーはそう言って、口をつぐんだ。ああ、分かりましたよ。自分で考えりゃいいんだろ自分で考えりゃ!
――だけど。
あんな大量の剣を操れるギルガメッシュに対して、俺が天敵って、ほんとうにどういうことなんだろう?
ただの投影魔術使い――贋作者であるこの俺が。
「士郎、ちょっとちょっと」
ふろふき大根が一段落したところで、遠坂に手招きされた。何だろうと思って、大根の様子見をアーチャーに頼んで、洗った手をエプロンで拭きながら彼女のいる居間に入っていく。その横で、セイバーがちょこんと座っているのは……うん、ごめんな。もう少しだから。
「で、何か用か? 遠坂」
「士郎、これ持っておきなさい」
遠坂の横に座った途端、手の上に何かを落とされた。見てみると、宝石が2個。見ただけで分かる……この中には、遠坂の魔力がぎっちりと詰まってる。これ1個で、俺何人分の容量なんだろう?
「……えーっと、これ……」
遠坂の顔に視線を戻す。と、遠坂はじーっと俺を見つめていた。宝石を持ったままの俺の手を、上から彼女の手が包み込むように握ってくる。
「士郎は、アヴァロンを投影しなくちゃいけないでしょ? その時のためよ。魔力が足りなくなったら飲みなさい」
ああ、そうか。俺1人の魔力で鞘を投影なんてことは不可能なんだ。前に……初めてアヴァロンを投影した時は……後で遠坂やキャスターから聞いたんだけど、俺は彼女たちが俺を治す為に掛けてくれた治癒魔術を純粋な魔力に変換して溜め込んで、それを使ってアヴァロンを投影したらしい。
「……だけど、いいのか? これ、遠坂のとっておきなんじゃないのか」
俺の魔力不足のせいで、彼女の切り札を使えなくなるっていうのはそれこそ問題で。だからそう尋ねたのだけど、その瞬間俺は遠坂に頬をむにっと引っ張られた。おーいとおひゃか、いらいろー。
「んなことは考えなくていいの。あんただって小粒の宝石大量に飲むより、1個で済む方が楽でしょ?」
「え、いや、まぁ」
小粒の宝石沢山……粉薬みたいで飲みにくそうだな、確かに。
「……分かった。じゃあ、使わせて貰うな」
「そうしなさい。本当ならわたしと魔力のパスでも繋いだ方が融通利くんだろうけど……それはまた、今度ね」
「あ、ああ」
……遠坂、何で顔真っ赤にしたんだろう。でも、そういうとこ可愛いな。
「衛宮士郎、そろそろ良い案配だぞ」
「おぅ、分かった。じゃあ遠坂、セイバー、もう少しだから」
「はい、お待ちしておりますシロウ、アーチャー」
「〜〜〜!」
回りにアーチャーやセイバーがいるのに、飾りっ気のない『遠坂凛』を見せてくれるところなんか。
- interlude out -
- interlude -
「きゃあっ!」
ぽて、と音がして、わたしは暗闇の中に投げ出された。あいたたた……お尻を打っちゃった。参ったなぁ。
「よいしょっと…………姉さん? ライダー?」
あれ?
わたしの後ろにいたはずのライダーや、みんながいない……っていうことは、お祖父様の目論み通り、わたしは他のみんなから引き離されてしまったことになる。うわぁ、どうしよう。
「えっと……あ、あったあった」
姉さんから貰ったアゾット剣は、ちゃんと腰に差してある。これと、今わたしの影の中に入っている蟲たちがいれば、少しは保つかな。
――ううん、頑張らなくちゃいけないんだ。お祖父様たちは、聖杯であるイリヤちゃんを連れて行ってしまった。聖杯の力を手に入れる為に彼らが欲しがっているのは、わたしたち生け贄と、鞘を持っている先輩。
「……先輩を、守らなくちゃ」
わたしはアゾットを抜いて、ぎゅっと握りしめた。先輩は姉さんのことを好きだけど……でも、わたしだって先輩のことが好きだから。先輩には、明るい光の中で、笑っていて欲しいから。
『あら、それでいいんですか?』
「え?」
一瞬、空耳かと思った。ここは洞窟の中で、わたしの声が反響するのは分かる。だけど、わたしの声で、わたしの考えていないことを言葉にするなんて、きっと空耳だ、と思ったからだ。
だけど。
『何で、1年半も先輩のお世話をしてきたのに、ぽっと出の姉さんに先輩を取られなくちゃいけないんですか? そんなの、おかしいです』
「だ、誰っ!?」
慌てて周囲を見回す。ああ、真っ暗。いくら暗闇に慣れてるからって、わたしは闇の中を見通す目なんて持っていない。だから、蟲さんたちに周囲を探って貰う。え……わたしがもう1人、いるんですか?
『あら、リルカーラちゃんにプロセルピナちゃんじゃないの。ほら、わたしよ。分かるでしょう?』
蟲さんたちの名前を呼ぶのは『わたし』の声。違う、そんなはずはない。間桐桜は、わたし1人なんだから!
「何者ですか! 姿を現しなさい!」
『もう、物騒ですねぇ。わたしはあなたなのに』
何だかふくれっ面で呟かれたような台詞。それと同時に、周囲が薄明るくなった。そして……わたしから少し離れたところに、『わたし』が立っていた。色の抜けてしまった髪、細い赤のラインが入った黒い服、そして肌を覆う赤いアザのような何か。ぞっとする何かを全身に纏わせて、それでも彼女は『わたし』の姿をして、にっこりと微笑む。
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