マジカルリンリン18
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 強敵ギルガメッシュ・ブラックセイバーを倒した喜びも束の間。
 桜の姿を取った悪神の端末に士郎が囚われ、凛は変身を解除された。
 聖杯発動の時は近い。急げ、聖杯戦士たち!
  - interlude -


 わたしのそばに、先輩が立っている。
 何もしゃべらず、目は虚ろ。
 心の中はとうに空っぽで、わたしが産まれるためのデータだけを詰め込んである。
 だから、ここにいるのはわたしだけのための先輩。

 誰にも渡さない。
 姉さんにも、セイバーさんにも、――『わたし』にも。

 先輩はここで、わたしが誕生するためにわたしの注ぎ込む力に飲み込まれて。
 全ての力を使い果たして、ぼろぼろに壊れて、わたしの中で眠るのだ。

 何て素敵。
 大好きな人の全てが、わたしのものになるなんて。

 ああ、待ち遠しいな。
 早く産まれて、先輩を頭からぺろっと飲み込んでしまいたい。
 もちろんその後は、この世界の全てを泥で埋め尽くそう。
 だってわたしは『この世全ての悪』だもの。
 『正義の味方』を飲み込んでしまえば、わたしの前に敵はいないんだから。

 ねえ、祭司さん。
 わたしの誕生の儀式はまだなのかしら。

 ねえ、イリヤちゃん。
 あなたはわたしのお願いをかなえたら、どうするのかしら。

 ねえ、イリヤちゃんを守っているあなた。

 ――どうして、そんな目でわたしを見ているの?


  - interlude out -


第18話
―アサシン死闘! 儀式へのカウントダウン!―



  - interlude -


 すたたたたん、と軽い音を立てて、短剣がわたし目がけて投げ込まれてくる。アゾット剣を振り回しながら必死で後退して、何とか当たらずに済んだ。ふぅ、実戦ってやっぱり大変だ。

「桜殿、よくぞ避けられました……む!」
「ち、素早い!」

 わたしに話しかけてきた彼の隙を突いて繰り出されたランサーさんの槍の穂先を、アサシンさんはふわりと避ける。包帯でぐるぐる巻きにされた右手はまだ開放されておらず……だから、あの人が必殺技を使ってくることはまだ、ない。

「リルカーラちゃん! アサシンさんを抑えてっ!」

 わたしはアゾット剣を構えながら蟲たちに呼びかけた。わたしは戦士としてはまだまだで、今手に持ってるこれの使い方だってまるでなってない。だけど……この薄暗い洞窟の中はわたしのホームグラウンド、と言ってもいい。だって、わたしが蟲たちを手なずけたのは……薄暗くじめじめした、蟲倉の中だったから。

「ふむ……さすがは桜殿。ワタシの動きにもついてこられるとは……いやはや、グランドマスター殿も良い素材を手放されたモノだ」
「嬢ちゃんを素材とか言うんじゃねぇ!」

 アサシンさんのからからと嗤う声に、わたしよりランサーさんの方が怒ってくれている。確かに、お祖父様にとってわたしは蟲の女王であり次代への胎盤であり、そして悪の怪人となるはずだった素材なんだろうけど……え、もしかしてわたし、仮面ライダーみたいなものなんですか? うわぁ、脳改造されなくてよかったぁ。

「ランサーさん、右後ろですっ!」
「え!? うわっ!」

 蟲さんたちが教えてくれた情報を、そのままランサーさんに伝える。素早く身を捻った彼の身体を掠めるようにして、アサシンさんの右手が伸びていった。まだ、包帯は巻きっぱなし。大丈夫、大丈夫。

「ぼさっとするな、嬢ちゃん! 左前方!」
「あ、きゃあっ!」

 ランサーさんの警告に、咄嗟にアゾット剣を振り回す。あ、アサシンさんの身体を掠めたかも……っと、いけないいけない。わたしはアサシンさんと知り合いだけど、彼はお祖父様直属の部下。任務は忠実にこなす人だって、わたしは知ってるのに。
 ひらり、とひょろ長い身体で身軽にとんぼ返りして、アサシンさんはわたしたちから少し離れた地面の上に降り立った。白い髑髏のお面が、薄闇の中で1つだけぽっかりと浮かんでいる。

「桜殿、ランサー殿。ここで大人しう朽ち果て、我らが神の贄となる気はありますまいか」

 左の指の間に短剣を挟んで、アサシンさんは何だか楽しそうに言った。だけど、わたしとランサーさんはお互いの顔を見合わせて、同時に肩をすくめる。今更この人は、何を言っているんだろうと。

「は。ふざけんな、俺がまだコマンダーだったとしても、そんな命令はお断りだ」

 先に口を開いて答えたのはランサーさんの方だった。赤い槍をぴしりとアサシンさんに向けて、それと同じくらい真っ赤な目で睨み付けている。わたしも負けていられない、ぐっとアゾット剣を握りしめながら、アサシンさんを睨んだ。

「わたしも嫌です。先輩を虐める人の話を、なんで聞かなくちゃいけないんですか」

 学校で先輩を脅して、お祖父様のところまで連れて行って、もう少しで殺すところだった。そんな人の言う事なんて、絶対に聞くものか。そう心に決めて言ったわたしの顔を、表情のない髑髏の向こうの目がちらりと見つめてきた。それから、喉の奥からくっくっくと笑う声。何がおかしいのか、と身構えたわたしたちの耳に、アサシンさんの言葉が飛び込んできた。

「センパイ……鞘の主・エミヤシロウのことであったな。教えて進ぜよう、桜殿……エミヤシロウ殿は我らの手に落ちた。今頃は心を消され、鞘を喚び出すための端末になっておるはず」

「――え」
「なん、だと?」

 アサシンさんの言葉に、一瞬わたしとランサーさんの動きが止まった。
 うそだ。
 先輩が、捕まったなんて。
 信じない。
 心を消されたなんて。

『無理矢理にでも、先輩をわたしのものにしておけばよかった。そう思わせてあげます。その時になって後悔しても、遅いですよ』

 そういうことだったんですか?
 黒い服を着た、闇に沈んだ、『わたし』。
 自分のものにしておかなかったから、先輩を壊したと、そう言うんですか?

「……おいおいアサシン、暗殺者はいつから冗談を言うようになったんだ?」

 ぼうっとしていたわたしを立ち直らせてくれたのは、ランサーさんの言葉だった。彼が、不敵な笑みを浮かべながら槍を構える。だけど、よく見たらそのこめかみから、つーっと一筋の冷や汗。きっと彼も、半信半疑なんだろう。

「笑えねぇぜ!」

 だん、とものすごい音を立てて大地を蹴った青い戦士が、真紅の槍を無数に見えるほどに突き出す。その穂先を、アサシンさんはひょいひょいと避けていく……いけない、今はわたしも、ランサーさんのサポートをしなくっちゃ。

「プロセルピナちゃん!」

 わたしの呼びかけと同時に、蟲の一団がまるで影のように地面上を走った。ランサーさんに追われて逃げているように見えるアサシンさんだけど、彼のことだからひょっとしたら自分の間合いに誘い込んでいるのかも知れない。だから、わたしは蟲でそれを阻害する。わたしから見えないところにランサーさんやアサシンさんが行かないように、アサシンさんが右腕の包帯を解く暇を作らないように、蟲たちはわたしのお願いを聞いて邪魔をしてくれている。決定力に欠けるのが難だけど……それは、ランサーさんにお任せした方がいい。

「くくく……ワタシは冗談なぞ言うておらぬぞ。エミヤシロウは心を砕かれた。鞘の主は我らの手に落ちた。故に……此度の聖杯は、我らアンリ=マユのものと決まった!」
「決まっていませんっ!」

 アゾット剣を思い切り振り下ろす。レーザーブレードじゃないけれど、わたしの魔力でぐんっと伸びた刃がアサシンさんの服を掠めた。うん、頑張ればギャバンダイナミックくらい行けるかも。

「桜嬢ちゃん、少し引け!」
「あ、はいっ!」

 ランサーさんの指示が飛んできた。わたしは戦いに慣れていないけど、彼の言葉に従えばきっと大丈夫。そう思ったから、2・3歩飛び下がる。……あれ、地面に何か、描いてあるような……?

「そら、行くぜ!」

 にやっと笑って、ランサーさんが右手の平を大地に叩きつけた。次の瞬間、いきなり突風が巻き起こり……ランサーさんの犬耳やふさふさした尻尾や一房だけ伸ばしてる髪が激しく乱れた。

「!」
「な、なんと……!?」

 ランサーさんの右手から、地面に描かれた模様に魔力が流し込まれる。と同時に、その模様……違う、これは文字だ……は光を帯び、結界としての力を発揮する……そうか、これはランサーさんの得意なルーン魔術だ。彼は、アサシンさんとの戦いを繰り広げながらルーン石と地面に描いた模様で、結界を構築していたんだ……!

「これで、奴の気配遮断は何とかなる。一気に落とすぞ、桜!」

 わたしの背中側、ほんの数センチのところにぴたりとランサーさんの背中が止まる。お互い肩越しに相手の顔を見つめながら、ランサーさんはわたしに言ってくれた。『嬢ちゃん』じゃなくて、『桜』って呼んでくれて。

「あ、は、はいっ!」

 だから、わたしも自分の全力を出し切る。アサシンさんを倒して、先に進む。
 先輩が待っている、この洞窟の一番奥に行くんだ。


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