マジカルリンリン18
「はぁっ!」

 ざくり! カラーン!

「ぷはっ!」

 あー、急に息が楽になった。顔を覆っていた黒い布が引っぺがされて、目の前にぱっと視界が開ける。まぁ、ほとんど照明のない洞窟の中だから、うすーく周囲が見えるだけなんだけど。

「――!!」

 そんなことを思っていたら、ぱあっと周囲が明るくなった。その光の発信源は……紫色のローブと、猫耳猫尻尾。そして、同じ耳と尻尾のある眼鏡なお姉様が、わたしを抱き上げて覗き込んでいた。

「大丈夫ですか、リン!?」
「……キャスター、ライダー……?」

 あらま。
 まるっきり別々の場所に転移させられていたって訳でもないんだ。

「……これで、この辺りの影は一掃できたはずだけど……リン、大丈夫かしら?」
「え、あ、ありがとう。おかげさまで、何とか」

 そう言って、どっこいしょと起き上がろうとして……あら駄目だ、腰が抜けちゃってる。ごめんライダー、キャスター、ちょっとでいいから魔力融通して貰える?

「私もあまり余裕はありませんが……――」

 キャスターがぶつくさ呟きながら、それでも普通に動けるくらいには魔力を譲ってくれた。やっぱり変身はむりかな……いや、ちゃんと動けるだけマシよね。
 それで、やっとこさ立ち上がって周囲を見回す。影たちはとうに跡形もなく消え去ってしまってて、ただ奥へと洞窟が続いている。そっちの方から漂ってくるのは、ぞっとするほどの悲鳴、憎悪、断末魔――あの中に士郎がいるのかと思うと、身を竦めてもいられない。

「リン。変身できないのでしたら、ここから先は私たちに任せて下さい」
「そうね。いくらあなたでも、ちょっと無茶だわ」

 だっていうのに、2人はわたしにここに残れなんて言う。そりゃあ、あなたたちは事情を知らないのかもしれないけれど。

「そういう訳にもいかないわ。――士郎が、あの奥にいるの」

 だから、わたしは端的にそう説明した。わたしが行かなくちゃならない理由、変身が解けても魔力が底をついても、このわたしが行かなくちゃならない理由。それは、一番大事な奴が待ってるから。

「……士郎を奪われたの?」

 キャスターが、低い声で尋ねてくる。その表情は硬くて、わたしを非難しているようにしか見えない。うん、その非難は甘んじて受けよう。だって事実だし。

「ごめん。ギルガメッシュは倒せたんだけど、隙を突かれて……」
「こちらはブラックセイバーを撃破しました。生け贄の数だけはほぼ揃いつつあるようですね」

 わたしが落としたアゾットを拾って手渡してくれながら、淡々とした声でライダーが報告してくれる。そうか、ライダーたちも敵は倒せたんだ。後はランサーと桜だけど……ううん、あの2人だって何とかやってるはずだ。もしかして一緒になってれば、ランサーは戦闘慣れしてるから桜を上手くサポートしてくれるだろう。いや、希望的観測だけど。

「……もし私が宗一郎様を奪われたら、変身できなくてもお救いに上がるわね」

 はぁ、と見せつけるように大きく溜息をつきながら、キャスターがぼそっと一言。うん、あんたと葛木先生のらぶらぶはよーっく存じ上げておりますから……って、あれ?

「え、じゃあ……」
「仕方がありませんね。失礼致します」

 ぽかんとしているわたしを、ライダーがひょいと肩に担ぎ上げた。あ、こらちょっと、一応ミニスカートだから下着が見えなくもないんですけど、この姿勢っ! ああアゾット落としそうになった、しっかり握りしめておこう。

「ライダー、リンをお願いね。私は後から向かうから」
「分かりました。サクラとランサーに出逢えたら合流して来て下さい」
「分かっているわ」

 えーい、わたしをほったらかしにして2人だけで会話するなー! とか言ってる間に、ライダーが地面を蹴った。く、ペガサスに乗らなくたって凄く足が速い……!

「ちょ、ちょっと!」
「喋らないで下さい。舌を噛みます……それと、しっかり掴まっていて下さい」

 そうたしなめられて、わたしは口を閉じた。うん、舌噛んで痛がる正義の味方って何だか情けないし。それから、わたしを抱え上げている肩にがっしりしがみついた。こんなところで落っこちてる場合でもないものね。

「……リン」

 耳元で風がごうごうとなる中に、微かにわたしの名前を呼ぶライダーの声が聞こえた。ん、と少しだけ顔をそっちに動かすと、ライダーは前を見つめたままぼそぼそと言葉を紡ぎ出す。

「士郎は、悪神に食わせるには勿体ないヒトです。あの少年は、あなたにこそ相応しい」
「…………」

 つまり、敵にやるには勿体ないオトコだからとっとと取り返してこいと、そうライダーは言いたいわけだ。うん、もちろんわたしもそのつもりだ。

「――ありがと」
「礼には及びません」

 一言だけ呟いて、わたしは自分の顔が真っ赤にほてっているのに気がついた。あーもー、ライダー相手に照れてどうするんだろう、わたし。


  - interlude -


 ランサーさんの張った結界が、薄暗かったこの空間をほんのりと明るく染めた。そのおかげかどうか、真っ黒な肉体に真っ黒な衣を纏うアサシンさんの姿もぼんやりとだけど、見えるようになっている。

「へっ、闇に隠れられねぇ暗殺者。そろそろてめぇの出番も終わりだな」
「ふふふ……暗殺が闇の中でのみ行われると思うたら間違いですぞ、ランサー殿」

 にやり、と肉食獣みたいな笑みを浮かべたランサーさんの言葉を、アサシンさんは感情のない言葉で受けた。そんなこと、わたしでも知っている。白昼堂々暗殺されたどこかの政治家の話くらい聞いたことがあるもの。

「知ってるよ」

 ランサーさんもしれっと返してのける。そして、槍で薙ぎ払うように切りかかった。アサシンさんの投げた短剣が、槍に当たって地面に叩きつけられる。これで何本くらい投げたんだろうか?

「だが、てめぇにゃ負けてられねぇんだよっ!」

 対して、ランサーさんの槍は1本。だけど、その穂先は無数の刺になってアサシンさんに襲いかかる。すっと横に、後ろに避けていくアサシンさんを、わたしは追いかけた。逃がさない……あなたはここで、倒されてください!

「はぁっ!」
「むぅっ!」

 きん、きん!
 アサシンさん、短剣の投擲はわたしにだってもう通用しないですよ。ワンパターンなんですから……だけど、奥の手は出させません。出させてしまったら……わたしかランサーさんか、どちらかが確実に死んでしまうから。

「ランサーさん、わたしが出ます」
「おう、任せた」

 わたしの言葉を、ランサーさんはふぅと小さくため息をついてから受け入れてくれた。そうか、どうしてもランサーさんは動きが大きくなるから、アサシンさんより運動量が多いんだ。いけない、わたしがちゃんとフォローしなくちゃいけないのに。

「ほほぅ、そちらから来られるか……ではこちらも」

 あ、拙い! アサシンさんの右手の包帯が解けていく……あれは呪いの手、一撃で敵を呪い殺す必殺の手。そんなことはさせない……だけど、間に合うか!?

「――妄想心……」
「だめぇっ!!」

 アサシンさんの、とっても長い右腕がしゅるりと伸びる。ランサーさんの心臓を狙って……させない、この人には、先輩の家で待っている大事な人がいるんだから……!

「うわあああああ――――っ!!」

 瞬間、わたしの全身から魔力が吹き出した。キャスターさんや姉さんに使い方を教わってはいるけれど、まだまだ上手く使えないこの魔力……だけど、アサシンさんの動きを止めるには十分すぎるほどの勢いで、彼の回りを飛び回る。わたしは蟲だから、蟲に相応しい魔力の顕現。吹き出すものは糸……蚕なら絹にできるからいいけれど、これってきっとモスラの幼虫が吹き出す粘着性の糸だな。いいや、モスラは繭を作って成虫になるんだ。わたしもいつか、羽の生えた成虫になってやる!

「こ、れ、は……!」
「く……想定外だけど、良くやったぜ嬢ちゃん!」

 全身を絡め取られて動けなくなったアサシンさん。何しろ糸は白いから、全身まっ黒けのアサシンさんはとても目立つ。その目標を、糸を上手く避けてくれた青いランサーさんが赤い槍で狙う。これで黄色が入ったらどこかのモビルスーツだなぁ。ああいけない、思わず現実逃避しちゃった。

「あばよ、アサシン――刺し穿つ死棘の槍」

 どん、と重い衝撃があって。
 真紅の槍は、漆黒の身体を貫いていた。

「ご、ふ……」

 白い髑髏が、どす黒い血で染まる。アサシンさんは伸ばそうとしていた右手を、ぴくぴくと痙攣させていた。その手の先に凝り固まりかけていた魔力の塊が、しゅうと霧になって消える……ああ、よかった。ランサーさんの心臓が、潰されるところだった。

「……成長、なされましたな、さくら……どの……」

 髑髏の面の向こうから、何故だか優しい瞳がわたしを見上げてきた。
 アサシンさんは、お祖父様の側近で。
 ひょっとしたらお祖父様より、兄さんよりわたしのことを気に掛けていてくれたかもしれないけれど。

 ――だから。

「ごめんなさい。お休みなさい――ありがとうございました、アサシンさん」

 わたしは、塵になって消えていく彼にお礼を言った。


  - interlude out -
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