マジカルリンリン18
 もうどれだけ、ライダーの背中で揺られていただろう。ふと気がつくと、何やら天井がものすごく高くなっていた。ははぁ、目的地に着いたな。

「ごめんねライダー、ありがとう、降ろして」

 ぽんぽんと彼女の背中を叩く。ふわっと一瞬の浮遊感があって、わたしの足はとんと大地を踏みしめた。くるり、と周囲を見渡すとほんとに呆れるくらい高い天井と、呆れるくらい広い空間。今わたしたちが立っているのは、どうやら地下にある超巨大クレーターの縁らしい。クレーターの底から、憎悪の念がどろどろと漂ってくるのが分かる。

「いいえ。よろしければ、奥までお送りしますが」

 ライダーはそう言ってくれた。だけど、わたしは首を横に振る。やっぱり、かっこいいシーンで肩に担がれてるってのは避けたいじゃない? わたし、結構見栄っ張りなんだから。

「ここからは自分の足で行くわ。王子様を助けに行くお姫様はね、馬に乗らないの」
「分かりました。ではご武運を」

 素直に納得してくれて、ライダーはふわりとクレーターから離れていく。それを見送って、わたしは改めて自分が行くべき方向を振り返った。

 やっとたどり着いた。
 ここが大聖杯――全てがここから始まって、今全てが終わろうとしている場所。

 だけど、こんなにでかいなんて聞いてないわよ!
 巨大なクレーターはキロ単位の直径で、その真ん中に巨大な祭壇が設えてある。
 そのど真ん中には巨大な柱が立っていて……いや、あれは柱じゃない。中に闇色をした胎児が見える。
 あれは子宮。胎盤。生まれ出ようとしている悪神アンリ=マユの寝床。
 桜の姿の端末を使って、間桐臓硯やギルガメッシュや……綺礼を手先として操って、この世に生まれ出ようとしているアンリ=マユの寝床。

「――うわ、ここからでも感じる……」

 泥で口元を汚された士郎に襲いかかっていた『シネ、シネ』という悪意。それが、あの真っ黒な胎児から発せられてるのが分かる……いや、違う。

「発してるんじゃない。受け止めてるんだ」

 それもそうだ。あの胎児は『この世全ての悪』。この世に生きとし生けるもの全てに対して悪と見なされる存在――ならば、この世の全てから疎まれ、嫌われ、はねつけられ、貶められ、……死ね、と罵詈雑言を浴びせられる存在なのだ。だから、自分の分身だか何だか知らないけれどあの黒い泥を浴びた者もその存在と同じと見なされて、世界全てからの罵詈雑言を喰らうことになるんだ。
 祭壇の上には……ええと、何人か人がいるみたい。ああもう、ここからじゃ遠すぎてよく見えない! こんなところで鷹の目使ってもしょうがないわね。どうせ、並んでるメンバーなんて大体推測がつく。

「にしても……何でこう、無駄にでかいのよっ!? 大体、ここ地下よっ!?」

 いや、地下だからこそこんなに無駄にでかい空間を使えるんだろうけども。って、そんなこと言ってる場合じゃない。脚を強化して、どんどん祭壇へと近づいていく。
 ある程度まで近寄ってみて、やっと誰がいるのかが分かってきた。ああ、あのちっこいのはイリヤスフィールか。白いドレスを着ているのは、きっとこの儀式の為の正装なんだろう。そばに控えているアーチャーは、確か彼女の守護者だって言っていたから。

 で、その手前に士郎と、『桜』と、綺礼がいた。
 『桜』は士郎をさらった時と同じ、黒服を纏っている。そのそばでぼんやりと佇んでいる士郎は、全身に『桜』の服と同じ黒い布が巻き付いている。えーっと何だ、ほらよくSFアニメとかである、全身にケーブルが絡みついてるような、あんな感じに。そして、あいつの顔には……表情がなかった。まるでお人形さんみたいな、作ったような顔。
 そりゃそうだ。あいつらが士郎を使って儀式を行うつもりなら、あいつらに服従する気のない士郎の意思は邪魔だもの。意思を封じ込めて、人形にした方がやりやすいに決まってる。

 ――士郎の心は、綺礼や『桜』に殺されたんだろうか。だとしたら、わたしが綺礼や『桜』を倒しても、わたしの好きな士郎は戻ってこないんだろうか? わたしは一生、人形にされたままの士郎と共に生きていくんだろうか……?

「んなわけないに決まってるでしょうが! 変身美少女戦士もののラストは、ハッピーエンドだって決まってるんだから!」

 アゾット剣を握りしめながら、どんどん祭壇に近づいていく。そうよ、世界はハッピーエンドに向かって突き進まなくちゃいけないんだから。何に嘘を付いたって構わないけれど、自分の気持ちに嘘はつけない。わたしはあのあほんだらどもを倒して、士郎を無事に救い出して、2人……いや、みんなでめでたしめでたしになってみせるんだから!

「『桜』! 綺礼! そこ動くんじゃないわよ! わたしがぶっ倒してやるんだから!」

 わたしの絶叫が聞こえたのか、綺礼がこちらを見て、にやりと笑った。
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