マジカルリンリン19
魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
コマンダー・アサシンが斃れ、残る敵はマジカルファーザー言峰綺礼と悪神の端末のみ。
しかし、変身できない凛に果たして勝機はあるのか!?
- interlude -
「……コマンダー・アサシン、反応消滅。聖杯発動に必要な魂魄量の98%を確保」
先輩が機械的なアクセントで報告してくれた。なぁんだ、アサシンさんまで倒されちゃったんですね。だけど、もう98%まで生け贄が貯まったんなら、後はわたしから無理やり魔力を流し込んで発動できるかな。
「ふむ。そろそろ頃合いだろう。では、始めようか」
ほら、祭司さんもそのつもりのようだ。うん、後2%の魂くらいならわたしの魔力でカバーできます。何たって、わたしの本体は大聖杯の中でたっぷりとそのマナを頂いてるんですからね。
『そうですね……さぁ先輩、わたしの魔力、受け取って下さいね』
「――魔力注入パス開放。『マキリサクラ』より魔力注入開始」
虚空を見つめながら、先輩は素直にわたしの魔力を受け入れてくれる。このわたしを通して送り込まれるマナはわたしの色に染まっていて、それを受け入れてくれる先輩はどんどんわたしの色で塗り固められていく。身も心も真っ黒に染まって、先輩はわたしに食べられる最初の生け贄になるのだ。
そのうち、ばきん、と鋭い音がした。
「む?」
『え?』
祭司さんもわたしも、音の正体が初めは分からなかった。だけど、2人して先輩を見た時に、その疑問は氷解する。
先輩の右肩から、何か尖った金属みたいなモノが生えてきていた。綺麗に研ぎ澄まされた、剣の先端のような。
『……ような、じゃないんだ』
そう。それは本当に剣の先端だった。ちゃんと刃があって、先輩の皮膚を破った時に血で濡れている、剣。
「ほう、この男、本質は剣のようだな。恐らく、君の魔力のせいで魔術回路の暴走が起きたのだろう」
祭司さんはこともなげにそう言ってのけた。そうか、わたしのせいなんだ。……うふふ。こんな先輩を見たら姉さん、怒り狂ってくれるかなぁ? もうこんなになっても、先輩は何も言わないんですよ。さぁ、どんどんわたしのために壊れてくださいね、先輩。
――だっていうのに。
「『全て遠き理想郷』発動――エラー。発動処理を停止」
『え?』
突然、先輩の冷たい言葉がわたしと祭司さんの耳に飛び込んできた。この期に及んで……どういうことなんだろう?
「エラー。祭司候補者の反応を検出。識別……確認、個体名『遠坂凛』」
先輩は今機械みたいなものだから、エラー報告をきちんと吐き出してくれる。それと同時に、遠くから声が響いてきた。
「『桜』! 綺礼! そこ動くんじゃないわよ! わたしがぶっ倒してやるんだから!」
……姉さん。
何だ、もう来たんだ。
だけど、今のあなたはわたしたちの敵じゃない。
聖杯戦士の装束を纏ってもいなければ、その身に宿る魔力はほぼ皆無。
持ってる武器といえば、その右手にぶら下げたアゾット剣だけ。
魔力のほとんど残っていない魔術師が、聖杯戦士である祭司さんとこのわたしに勝てるとでも思ってるんですか?
姉さん。
あなたはここで死ぬんです。
無様に切り裂かれて、ぐちゃぐちゃに潰されて。
ああ、そうだ。
あなたが死んでしまう前に。
あなたの目の前で、先輩をめちゃくちゃにしてあげます。
身体も、空っぽになった心も真っ黒に染め上げて。
全身からばきばきと剣を生やして、トゲトゲのオブジェになってしまって。
自分が何かも分からなくなってしまった先輩を、頭からぺろりと。
あなたの目の前で、綺麗に食べてしまってあげますね。
それで、やっとわたしはあなたに勝てる。
- interlude out -
第19話
―想いよ届け……凛、最後の変身!―
クレーターの下り坂を勢いに任せて駆け下りる。その最深部……祭壇には『桜』と綺礼が、壊された士郎と一緒にいる。イリヤスフィールはきっとアーチャーが守ってくれるから、わたしは彼らを計算に入れなくてもいい。わたしがすべきことは、黒く染まったあの2人を倒して士郎を取り返すこと。この際、聖杯の発動だ何だは二の次だ。そんなの、鞘の主でもある士郎を取り戻してから考えればいい。
で、だーっと駆け下りてかなりのスピードがついたついでに大地を蹴り、ぽんと祭壇に飛び乗った。闇色の胎児が包まれている柱の前に、白い装束を着たイリヤスフィールと彼女を守るように立っている赤い外套のアーチャー。その手前に、もう何も見えていないかのような士郎。彼をわたしに断りもなく抱きしめている『桜』。そして、一番手前にはいつもの態度をまったく崩していない綺礼。むぅ、こういう状況ということは、ラスボスは綺礼と見ていいのだろうか?
で、その推定ラスボス殿は、わたしを相変わらずな眼で見つめてほくそ笑む。うぅ、ほんとにまったくいつもの調子のままだ。このエセ神父。
「ほぅ……よくもまぁ、ここまで来られたモノだ」
「ったりまえでしょ、綺礼。遠坂の一族は諦めが悪いのよ……そこにいる、腹の底まで真っ黒なそいつも込みでね」
そう言いながら、わたしは『桜』にちらりと視線を移す。……こらそこ、にやにやと慎二そっくりな笑みを浮かべてんじゃないわよ! ああもう、わたしの可愛い妹がこうならなくて良かった。目の前にいるこいつは、桜の姿を真似てるだけの悪神の端末なんだから。
「確かにな。お前の父親も、最後まで諦めることはなかった。そういう者こそが、アンリ=マユの最後の生け贄に相応しい」
「……やっぱりね。父さんを殺したのはあんたか」
淡々と告げられる事実を、何の感傷もなく受け止める。ま、大体予測はついていたけどね。あの火事に巻き込まれて死んだんだって最初は思っていたけれど、そうじゃなかったんだ。父さんは、アンリ=マユを誕生させようとしてた綺礼を止めようとして……綺礼に殺された。
結局、綺礼の思惑は士郎のお父さんがセイバーに聖杯を斬らせることで、何とか食い止められた。だけど、今回はそういうわけにもいかない……今回の聖杯は生きてる人間。士郎の妹、なんだもの。
「父の仇を取るか? 管理者ともあろうお前が、個人的な感情で動くわけもないだろうが」
事態をここまで最悪に持ち込んでくれた張本人は、どんと胸を張ってえらそうな台詞をほざいてくれた。うん、確かに以前のわたしなら、管理者として悪の神に屈した輩を許さないとか何とか言っていただろう。だけど、同じ台詞を言ってくれそうな奴が、あんなどんよりとした眼をして、ただの機械にされてそこに佇んでいる。今、わたしが綺礼を許せない一番の理由はそれだ。だって、わたしは――
「ふん。わたしはね、管理者だとか遠坂の当主だとか言う前に『遠坂凛』なの。そのくらい、あんただって知ってるでしょ? 『桜』」
『そうですね。姉さんは魔術師としてえらそうなことほざいてらっしゃいますけど、いざとなったら個人的な感情が最優先する人です。……魔術師失格、ですね』
うわ。この真っ黒桜、個人を最優先させまくった間桐臓硯から生み出された癖によく言うわ。それに、あんたほんとに何も知らないのね。
「そうでもないわよ。魔術師ってのはね、身内にはドロ甘なんだから」
そう。魔術師ってのは、他人に干渉することはあんまりないけれど、それが自分の師匠とか弟子とか、身内のことになると話は違ってくる。そりゃあ、その一門にしか伝わってない秘伝とか独自の魔術とか、そんなものの秘密が漏洩することを恐れてるのかもしれないけれど、それ以上に魔術師というものは基本的に身内には超甘い。ま、だからこそ師弟関係なんてものががっちり成り立ってるのかもしれないけれど……わたしは師匠である父さんとは10年前に死に別れたわけだし、そこからはほぼ独学だったからその辺、よく分かっていないのかもしれない。
「そんでもって、そこにぼさっと突っ立ってる大馬鹿者はわたしの魔術の弟子よ。それだけで十分でしょう?」
わたしを目の前にしてもまるで反応のない士郎をびしっと指差して宣言。いや、ほんとは恋人だぞ、とか言ってみたいんだけど。そんな台詞吐いたら、綺礼がにやにや笑ってイヤミの1つも言ってくるに決まってるから、言わない。……って、士郎、シャツが血で汚れてるじゃないの? あんたたち、士郎に何をしたんだ!?
「ふむ、確かにな。それで……凛、お前はどうするつもりだ?」
……う、さらっとスルーかよ。この腹黒神父め、どうするつもりだってそんなの、決まってるじゃないの!
「知れた事よ。あんたとそこの偽者をぶっ飛ばして、士郎を取り返す。あんたたちなんかに、聖杯はやれない……イリヤスフィールも返してもらう!」
びしっと綺礼を指差して宣言。ついでにガンドの1つでも撃ち込んでやろうと思ったけど、魔力の無駄遣いになりそうだからやらなかった。それに対して、綺礼の方も足を一歩踏み出すと、いつもの傲岸不遜な態度でこう言い放ってきやがりました。
「よく言った。既に魔力も尽き、聖杯戦士としての力すら使えぬお前だが、最後の贄にはそのくらい生きの良い魂でないと相応しくはなかろう。……力を借りるぞ」
『はい。――先輩、待っていて下さいね。あの根性悪の姉さんをお仕置きしてきますから』
誰が根性悪だ、誰がとかわたしがむかついてる間に、『桜』は自分の身体をばぁっと全身黒い布に変えた。その布の軍団が、しゅるしゅると綺礼を取り囲む……ち、あっちはアンリ=マユのバックアップ付きか。わたしの勝率、オーナインって感じ? あーいや、気合いで飲まれたら負けだ!
「ふむ……では、最後の戦いと行こうか。Anfang!」
ってこら、アホ綺礼ー! 変身するのはいいけど、少しは隠さんか! わたしは曲がりなりにも思春期の女の子だー!
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