マジカルリンリン19
  - interlude -


 祭司候補者『言峰綺礼』『遠坂凛』、最終選抜試験開始。
 端末は祭司の選抜完了までアヴァロン投影を待機。システム、スタンバイ状態に移行……
 ……情報入力信号を受信。スタンバイ移行を保留。

 ――シロウ。シロウ、聞こえる?

 情報入力。入力元、聖杯……了解、受信を行う。

 ――シロウ。わたしよ。

 情報受信完了。意味不明、再度の入力を要求。

 ――……シロウ。目を覚ましなさい。

 情報入力、受信。意味不明。でーたヲ削除シマスカ?

 ――固有名『イリヤスフィール=フォン=アインツベルン』より命令を入力。
 ――対全範囲結界発動維持用端末・固有名『衛宮士郎』をセーフモードで再起動。

 命令を受理。再起動開始……
 ……再起動。
 スーパーユーザーログイン、パスワード入力――『Holy Grail』、OK。
 セーフモードで起動。

 ――命令入力。アンチウィルスプログラム起動。
 ――『Angra Mainu』による起動時に変更されたプログラムを一斉排除、既定のプログラムに書き戻し。
 ――ただし、『マキリサクラ』からの魔力注入パスはそのまま継続。システムの一部を書き換え。

 命令を受理。アンチウィルスプログラム起動。
 処理ヲ開始シマス。

 ――了解。終了後、直ちに再起動。

 命令を受理。
 処理終了後、直ちに再起動。

 ――シロウ。
 ――今助けてあげるからね。


  - interlude out -


 漆黒の風……って何だか表現がおかしいけど、そうとしか言いようのないものが吹き荒れる。『桜』を形作っていた黒い布はその中に紛れ、綺礼の全身を覆っていく。そして、黒い犬耳と犬尻尾がひょこん。あー……最後の最後までこれかー。ま、しょうがないわよね。

「世の苦しみは我が愉しみ、世の嘆きは我が喜び。故に我は世を離れ、善を離れ、悪に心を満たす――我が名はマジカルファーザー、黒き聖杯戦士」

 ……さすがラスボス。名乗りもひと味違う……で、犬耳犬尻尾以外は普段とあまり変わらない神父服のままだった。何だそりゃーとは思いつつも、綺礼の全身から吹き出してくる邪悪な気配が凄い威圧感となってわたしに迫ってくる。あぁ、聖杯戦士に変身できてたら少しはこの威圧感も軽減できたのかな……ええい、無い物ねだりしてる場合じゃない! わたしはアゾット剣を両手で握りしめ、綺礼とまっすぐに向き合った。そうだ、こいつを倒してしまえば……きっと、この戦いは、終わる――!

「はん。ブラック桜ちゃんの力まで借りなくちゃ、わたしとろくに戦えないってんじゃないでしょうね? 綺礼」
「まさか。私はただ、己の望みを果たすだけだ……悪の神と蔑まれた、アンリ=マユをこの世界に誕生させるという」

 そういう奴だと思ってた。こいつは歪んでる……歪んでるけど、そのあり方はあくまで『神父』なんだ。だから、生まれ出ようとしているモノが例え世界を滅ぼす悪神であれ何であれ、その誕生に祝福を贈ろうとしてるんだ。その後がどうなるか、は全く度外視して。

「勘弁してよね。『この世全ての悪』なんて産まれてこられたら、あっという間に世界滅亡じゃないの」
「誕生した後のことは私の知ったことではない。止めたくばここで私を倒してみせよ、凛」

 わたしがアゾット剣を構える。対して綺礼は、中国拳法の構え。あう……参ったなぁ、わたしもあれは少しかじってるけど、師匠は綺礼だもんなぁ……まぁいいや、弟子はいつか師匠を超えていくものなんだから。今、ここで如何なる方法を使ってでも越えさせてもらうからね!

「望むところよ!」

 既に魔力なんかほとんど残ってない。キャスターに少し融通してもらった分は、全部アゾットの刃に注ぎ込む。そして、わたしは一度大きく息を吸い込んでから床を蹴った。

「たぁあ――っ!」
「ハッ!」

 振り下ろした剣の刃……じゃなくて、その剣を握っている手を横に払われた。予測の範囲内だ、その勢いを殺さず、流されるようにして綺礼の横っ面に蹴りをかます。

「ぐ……は、たっ!」

 ぱし、ぱしといい音が響く。叩き込まれてくる掌底を全部かわすつもりで、こっちが綺礼の手首を払っていく。けど……うわ、一発お腹に入った!

「うぐ!」

 掌から発する気というのか魔力というのか、その衝撃でわたしは祭壇の端っこまで吹き飛ばされる。まともにみぞおちに入ったおかげで、うまく立ち上がることが出来ない。その隙に猛攻かましてくると思っていた綺礼は……あれ、じっとその場に立ったままだ。

「立て、凛。この程度で終わっては、最後の戦の名が泣こう」
「……ぐ……言われ、なくてもっ……!」

 足に気合いを入れて、無理矢理立ち上がる。その刹那、綺礼の向こう側に立っている士郎の姿が見えた。シャツが血に汚れてる原因は、肩に突き刺さった金属のようなもの……違う。あれ、中から生えてる剣なんだ。

「……士郎の魔術回路を、暴走させたのね……!」

 その理由に気がついて、わたしはぎっと綺礼を睨み付けた。

 士郎はその心象世界に無数の剣を生やしてる。『無限の剣製』と名の付く固有結界を生み出すことのできる士郎の魔術回路は、剣に特化されたもの。その魔術回路が暴走したら……剣がところ構わず、やたらめったら生み出されることになり、その剣は士郎の肉体を突き破る。士郎は、内側から自分に殺される。

「ふむ、さすがは魔術の師匠だな。だが、その通り……と言うのはいささか語弊がある。魔力を大量に流し込んだ結果、向こうが勝手に暴走しただけのことだ」

 綺礼は涼しげな顔でそう言ってのけ、ほんの数歩でわたしの目の前まで踏み込んだ。迫ってくる掌に上か、と慌てて顔を覆ったわたしの脇腹を、綺礼の蹴りが横薙ぎにしてくれる。

「がはっ!」

 今度は右の肩から床にぶつけられそうになって、無意識に身体を捻る。背中を床に叩きつけられながらも、わたしはどうにか視界から綺礼を外さずにすんだ。

「どうした? 衛宮士郎を取り返すのではないのか?」
「うく……そうよっ! わたしはあんたを倒して……っ、士郎を、取り返すのっ!」

 ええい、侮蔑の表情でそんな台詞吐くな。わたしはがくがくしてる膝を無理矢理抑え付け、必死で立ち上がった。祭壇から落ちてないのが不思議なくらい、綺礼の攻撃は容赦がない。その割に連続攻撃を叩き込んでこないのはこれも儀式の一環なのか、それともそうできない理由があるのか。ま、こちらにとってはありがたいことだ。何とか……本気で本気を出される前に、どうにかして決着を付けてしまいたい。

「だから……負けてたまるかっ!」

 残り少ない魔力を何とか刃の形に整えて、わたしはちょいちょいと手招きする綺礼目がけて突っ込んでいった。


  - interlude -


「遅くなったかしら?」
「……あ、ライダー!」
「ここにいましたか、ライダー!」
「よぅ、ライダー。嬢ちゃんは始めやがったところかい?」

 クレーターの縁に腰を下ろして、祭壇をじっと見つめていた私の背後から声が掛けられる。振り返ると、キャスター・サクラ・セイバー、そしてサクラを小脇に抱えたランサーの姿があった。私は最後の彼の問いに「ええ」と答え、視線を元に戻す。サクラが私の横に降り立つと、ランサーは右手を目の上にかざして祭壇の上の状況を眺め始めた。かなり距離があるはずだが、彼には祭壇上の様子が手に取るように見えるらしい。しばらく見つめてから、眉間にしわを寄せて少し不機嫌そうな言葉を漏らす。

「……坊主はあそこか……あー、ダメだな。ありゃ心を封じられてる、まともな思考はできてねぇな」
「心を……って、先輩は一体、どうなってるんですか!?」

 どこか達観しているランサーと違い、サクラはどうしても士郎のことになると落ち着きが無くなる。例え、彼の心がリンにあるとしても、彼女が士郎を愛していることに違いはないのだから。

「そうね……自我を封じられるなり破壊されるなりして感情のない、聖なる鞘を発動させる為の機械になってしまってる、といった感じかしら?」

 キャスターが淡々と、それでいて容赦のない言葉でサクラに伝えた。この中で、士郎に対して一番客観的な立場である彼女の言葉は、端的だがまず間違いはないのだろう。だが、内容はサクラには厳しいものだ。ほら、サクラは顔を青ざめさせて、自力で立っているのすら難しい。ふらりとこちらによろめいてきたところを、私は片腕でひょいと支えた。ふむ、少し太ったのではないでしょうか?

「お座りなさい、サクラ」
「ご、ごめんね、ライダー……」

 内心の声はさておいて私がそう促すと、サクラはぺこりと頭を下げて私の横にちょこんと腰を下ろした。彼女を私と挟むようにしてランサーも腰を落とす。どうやら彼は彼なりにサクラを気遣ってくれているようだな。

「となると……凛がコトミネを倒しても、シロウが正気を取り戻せるかどうかは……」

 私たちの背後を守るように立っているセイバーが、顔を伏せながらぼそりと呟く。彼女にとってある意味、衛宮士郎という少年は弟であり息子である存在。その彼を自らの力で救い出すことが出来ないのは……やはり、辛いだろう。

「分からない、ってのが正直なところだ。自我が破壊されてしまったんなら、どう足掻いても坊主は正気に戻らねぇ」

 ランサーは青い髪をがりがりと掻きながら、赤い瞳でぎろりと遠くの祭壇を睨み付ける。かつては彼も、キャスターも、そしてこのわたしもあの黒い影の為に働かされていたのだ。思わず睨みたくなる気持ちも分かるというものだ。
 だが、セイバーにとって今睨み付けたい相手はあの祭壇の上ではなく、目の前にいる青の槍兵だったようだ。この男の台詞は、時々勘に障る。それが事実だから、なのかもしれないが。

「な……ランサー!」
「最悪の場合、ってのは想定しておくもんだろう? セイバー嬢ちゃんよ」
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