マジカルリンリン19
 ばきり!

「――熾天覆う七つの円冠!!」

 ……その声は、わたしの頭の上から降ってきたみたいだった。同時にわたしの目の前に、ピンク色の巨大な花が咲く。その4枚の花弁が、綺礼の投擲した黒鍵をわたしにたどり着かせることなく弾き飛ばした。
 そんでもって。

「遠坂、大丈夫か?」
「……え?」

 今、聞こえるはずのない声が聞こえたような気がした。慌てて振り返ったら……ぼうっと立っていたはずの士郎が、左腕をすっと真正面に伸ばしていて。

「よかった、大丈夫みたいだな」

 その視線がつーっと動いて、わたしを捉えるとにっこりと、ほんとに嬉しそうに笑ってくれた。

「士郎っ!」
「と、遠坂!?」

 あ、なんだ。わたし、まだ立てるじゃないの。思わず立ち上がって、士郎に抱きついちゃった。……でも、いいよね? 何故だかよく分からないけれど、士郎が戻ってきてくれたんだから。
 ――で、そこでやっとわたしは、さっき花が咲く瞬間に響いた音の正体に気がついた。さっきまで1つしか生えていなかった肩の剣が、2本になっている。士郎の魔術回路の暴走は、治まった訳じゃなかったんだ。

「士郎……これ、大丈夫?」

 そっと切っ先に触れながら、尋ねてみる。素直に答えてくれるとは思えなかったけど……士郎はわたしの指先をちらっと見て、それから少し荒い息をつきながら頷いた。ほら、やっぱり無理してる。

「……だ、大丈夫だ……しばらく、大人しくしてたら治まるから……」

 治まりそうにないんだけどな。それでも、士郎は無理してわたしに笑いかけて、それからポケットをごそごそ漁って何かを取り出した。

「それより、遠坂……これ」
「これ? わ、わたしの宝石!」

 ぽんとわたしの手のひらに乗せられたものは、わたしがここに来る前に士郎に渡した宝石。あ、そう言えばギルガメッシュに固有結界を使う時に1個飲んだけど、あと1個残ってたんだっけ。

「……言峰とは、お前が決着つけるんだろ。なら、全力でいかなくちゃな」

 士郎はそう言って、わたしの顔をじっと見つめる。その視線はついさっきまでの人形みたいな士郎とは違って、わたしに力をくれるみたいだ。元々はわたしの宝石だった手の中の石も、士郎が守ってくれていたせいか士郎の力も一緒に込められているような気がする。これなら……きっと、いや絶対、勝てる。だから、大きく頷いてみせた。士郎が無理してまで頑張ってるんだ、わたしが頑張らなくてどうする?

「うん。分かった」
「俺の力も預ける……勝てよ。遠坂」

 士郎の手が、アゾットに伸びる。本当ならやめろ、とか言わなくちゃいけないんだろうけど……士郎は、わたしの力になろうとしてくれている。止めたいのに……止めちゃいけないって分かったから、わたしは止めなかった。その代わり、胸を張ってその力を借りることにする。

「任せなさい。士郎が力を貸してくれるなら、わたしがあんな腹黒神父に負けるわけないんだから!」
「おう」

 お互いに顔を見合わせて、にっこり笑う。薄れ行く花弁の向こう側に、綺礼のどこか呆然とした顔が見える。……ふん、もうちょっと驚いてくれたっていいじゃないの? ラスボスさん。さ、もう少し驚いてもらうわね。宝石をぽいと口に放り込んで飲み下すと、全身に一気に魔力が循環する。よし、力がみなぎる。行くわよ、士郎。

「――Anfang!」
「――投影開始!」

 せっかく最後だし、もう隠してなんてやってられない。どうどうと、あんたの目の前で変身してやる。服が一瞬魔力に変換され、そして聖杯戦士のコスチュームになってわたしの身体を包み込んだ。そして、わたしがずっと握りしめてきたアゾット剣も、士郎の力を受けてマジカルステッキ☆ゼルレッチへと変化していく。

「――世界の平和を守る為!」

 士郎から渡された宝石のおかげで作り出された猫の耳と猫の尻尾を風になびかせて、足を踏み出す。

「大事なこいつを守る為!」

 士郎が生み出してくれたゼルレッチを、目の前の敵に突きつける。

「聖杯戦士、マジカルリンリン……ここに見参!」

 士郎が見守ってくれている中で、わたしは正々堂々と名乗りを上げた。そして、目の前に立っている最後の敵をぎっと睨み据え、叫んでみせる。

「言峰綺礼! 今日があんたの、年貢の納め時よっ! ううん……士郎や桜や、みんなを苦しめた分の損害賠償や慰謝料やその他諸々まとめて支払いなさい、あんたの生命で!!」

 ゼルレッチの切っ先を向けられながらも、綺礼はそのふてぶてしい態度を崩さない。それでこそラスボスだって思う……それでこそ、わたしも倒し甲斐があるというものよ。

「よく言った、凛。ならばそれを、私に支払わせてみせよ!」

 そう言い放つ綺礼に、わたしはゼルレッチを大きく振りかざす。こいつはかの宝石剣のレッサータイプ……大師父、力を借りるわよ! さぁ、行くわよ遠坂凛! これが本当に、最後の戦いよ!


  - interlude -


「衛宮士郎」

 ぶっきらぼうな声で名を呼ばれて、視線をそちらに移す。視線の先には、俺と視線を合わせようとしないアーチャーの姿。ああ、そういやお前、イリヤのお守り役だったよな。

「何だ?」

 で、俺もちょっと不機嫌っぽい声で聞いてみる。そうしたらアーチャーは、ちらりと横目で俺を見て、それから少しだけ顔を伏せた。ぼそっと、低い声で呟く。

「……もう、保たんのだろう?」

 あ、そうか。
 お前は俺だもんな。だから、今俺の身体に起きていることがどんなことだか、多分分かっているんだろう。だから、遠坂にはついた嘘をこいつにはつかない。ついたところですぐバレそうだから。

「――――ああ。多分」

 肩からはみ出した切っ先に、そっと指で触れる。俺の中から生えてきたとは思えないほどの現実感。尖った金属は確実に、俺の皮膚と肉を切り裂いている。

「あ、でも、聖杯が発動するまでは何とかして保たせ……ぐっ!」

 ばきり。
 喉の奥から温かい塊がこみ上げてきた。耐えきれずに吐き出したそれは、真っ赤な血だった。……ああ、胸元から剣が生えてら。肺をやられたな、こりゃ。

「……シロウ」

 か細い声が、俺の名を呼ぶ。必死で顔を上げたら、そこにはイリヤが立っていた。眉を寄せて、大きな赤い眼からは今にも涙が零れそうだ。

「そんな……泣きそうな顔、するな……って……げふ、イリヤ……」

 あーあ、このシャツ結構気に入っていたのになぁ。自分が吐いた血で真っ赤に染まってしまった……こりゃ、もう洗っても落ちそうにないや。
 遠坂が必死で戦っているのに、俺が挫けているわけにもいかない。俺はゆっくりと立ち上がり、目の前で繰り広げられている言峰と遠坂の戦いに視線を固定する。身体のあちこちからびし、ばしと音がして、次々に剣の先が皮膚を突き破って飛び出してくる。シャツも、Gパンもあちこちがボロボロで、第三者から見たらえらい痛々しい姿なんじゃないかなぁと俺は他人事のようにそう思った。

「……遠坂、がんばれ……」

 かすれそうになる声を絞り出して、遠坂に応援の言葉を送る。俺が守っていた魔力を使って、俺が生み出した剣を使って、遠坂が戦っている。その姿はとても綺麗で、あんな綺麗な奴が俺の隣に立っていてくれたなんて信じられないくらい……幸せだ。10年前、数多の生命を置き去りにして生き延びた俺が、幸せになって良いのかどうか分からない……だけど、遠坂には俺が感じている以上に幸せになって欲しいから。だから、遠坂、頑張れ。

「――凛」

 ほら、アーチャーも応援してるから。あいつは聖杯の守護者で、立場上中立でなくちゃいけないから、言葉に出して応援なんて出来ないけれど。でも、あいつだって俺なんだから、きっと遠坂を応援してるはずだ。そう思ってあいつに視線を向けようとしたら、イリヤと目が合った。
 ……イリヤは、白いドレスと王冠っていう神々しい姿で、何かを決意したような表情でじっと俺を見て。
 そして。

「ねぇ、シロウ……シロウは、生きたい?」

 不意にそんなことを尋ねてきた。
 生きたいか、なんて質問、以前の俺なら答えられなかっただろう。
 だけど、今は。

「………………うん。生きて……いける、なら、遠坂と……一緒……に、生き……たい……」

 もう、叶わない願いだけれど。
 俺は、自分の思いを素直に口にした。


  - interlude out -
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