マジカルリンリン20
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 士郎の力を借り、変身した凛は言峰との最終決戦に挑む。
 果たして勝つのはどちらか――そして、聖杯が叶える願いとは?
  - interlude -


 蟲に身をやつして既に200年。
 ようやっと聖杯を手にできるはずだった儂は、既に潰された肉片でしかない。

 思えば、最初は魔術師としての純粋な思いからだった。
 この世全ての悪を駆逐するために。
 「 」にたどり着くために。
 世界の外に出るために。
 儂は聖杯の力を欲したのであったな。

 いつの間にやら儂は、目的を見失っておったようじゃの。
 血族を依り代とし、胎盤とし、生き永らえることが目的になってしもうた。
 そして、いつしか駆逐するはずの相手に魂を委ね、腐れ果ててしもうた。

 のぅ。
 ユスティーツァよ。
 永人よ。

 お主らは、向こう側にたどり着けたんかいのぅ?

 儂も、そちらに行けるんかのぅ?

 ――おお。
 迎えに来てくれおったのか、ユスティーツァ。
 そうか、儂も行って良いのか。
 それは僥倖。

 ――惜しむらくは。
 我が眼で念願の成就を見極められぬこと、かのぅ。

 さて、逝くとするか。


  - interlude out -


第20話
―ついに決着! 聖杯戦士よ永遠に!―



「ハ、ハ、ハッ!」

 綺礼が次々に突きと蹴りを入れてくる。わたしはゼルレッチで受け止め、受け流し、そして一瞬の隙間に突きを返す。く、腕で流された。

「はぁっ! Es last frei.Werkzug――!」

 刃のない剣……じゃないや、大師父曰くのステッキを中段から横に振り回す。きらきら光る刃のような部分は、大師父の第二魔法を限定的にだけど再現してくれる。
 第二魔法。並行世界への移動。大師父はその魔法を使ってあっちへふらふら、こっちへふらふらと移動しては遊んでいるらしい……いや、直接話聞いた訳じゃないけれど。で、わたしが今使ってるマジカルステッキ☆ゼルレッチができることは、その魔法のほんのカケラ。並行して存在する世界から、ほんの少しだけ魔力をすくい上げる……少しといっても世界に存在する分から見てほんの少しだから、わたしにとっちゃとんでもない量なわけ。で、並行世界なんてもんは無限に存在するわけで……つまり、このステッキを振るう限りわたしは無限に魔力をすくい上げることができるわけだ。うーむ、かなり詐欺臭い武装だなぁ。

「ぐはっ!」

 すくい上げた魔力をそのまま綺礼に叩きつける。よし、鳩尾にクリティカルヒット! だけど、一瞬でも気を抜いたら奴は逆襲に転じてしまう。次々にわたしは魔力をすくい上げ、綺礼に集中攻撃をかけた。よーし、さすがの奴も吹き飛んだ。祭壇の床の上に膝をつき、ごほごほと咳き込んでいる。

「……っ! Gebuhr,Zweihaunder……!」

 まぁ、詐欺臭い武装にはそれ相応のデメリットもある。わたしの場合、1回ゼルレッチを振るうごとに1本、腕の腱が切れてるようだ。参ったなぁ、勝ったのはいいけど腕が動きませーんなんてことになったら困る。すげー困る。だって、終わった後で士郎をぎゅっと抱きしめてあげられないじゃない。ちょーっと胸のサイズは物足りないけれど、士郎なら分かってくれるよね?

「ほら綺礼、立ちなさいよ! この程度で終わっちゃ、最後の戦の名前が泣くんでしょ?」

 それは置いといて。さっき綺礼に言われたことを、そっくりそのまま奴にお返ししてやる。ふん、いくらアンリ=マユの力を得たからって、悪役は滅ぼされる運命なのよ。だったら、せめて悪あがきくらいしなさい。わたしが許すから――もちろんその後で踏みにじってあげるけど。

「く……さすがだな、今代の聖杯戦士……だが、まだ甘いと言わねばならんな」

 よろり、とよろけつつ立ち上がるエセ神父。少々犬耳が垂れ気味なあたり、きちんとダメージは入ってるようだ。って、そういう効力があったのか、この耳?

「はん、誰が甘いですって? あんたには掛ける情けなんか持ち合わせちゃいないわよ」
「ならば、なぜ一撃で止めを刺さない。時間が長引けば、それだけ鞘の主は疲弊していくのだぞ」
「あんたの口で、士郎のことをしゃべるな!」

 綺礼の台詞にかっとなる。確かに、士郎はゼルレッチを投影したからものすごく疲れてるはずだ。それに……この後、聖杯を発動させるんなら彼がアヴァロンを起動するしかない。もう魔力の補充はできないんだ、士郎にあまり無理をさせるわけにはいかない……ゼルレッチは、士郎の投影で顕現してるんだものね。
 振るった魔力は、確実に綺礼の胸元を捉えたはずだった。だけど命中した綺礼はどろり、と黒い泥になって崩れ去り、そこから少し離れた位置に再びその姿を現した。ちょっと待て、それはもしかしなくても変わり身の術か?

「くくく……こちらにはまだこんなものがある。これを防げるか、凛?」

 す、と綺礼が右手を掲げる。その、ワイングラスを持つように掲げられた手の中からは、どこからわき出てくるのやらと言わんばかりの量の黒い泥があふれ出ていた。アンリ=マユの泥……口元を汚されただけの士郎が壊されかけた、憎悪や怨念を一身に受ける『この世全ての悪』。それが、綺礼を取り巻くようにどろどろと足元に溜まっていく。うわ、ある意味めちゃくちゃグロい。原油汚染された海岸みたいで。

「やってみなくちゃ分からないでしょ? ははーん、それが最後の切り札って奴ね。もう後がないんだ、アンタ」
「それこそ、やってみねば分からぬだろう? そちらこそ、その宝石剣もどきが最後の手札だろうに」

 気色悪いのを我慢して、ジト目で睨みながら言ってやる。そうしたら綺礼は、表情をほとんど崩さずに返してのけた。ちっ、やっぱ口じゃあっちの方が上かー。
 ま、どっちもこれで相手を倒せなきゃ殴り合いで勝負を着けるしかない、ところまで来てるっぽい。ということは、ここで決めなくちゃいけないってことだ。いくらこの遠坂凛様でも、素手の殴り合いで大の男に勝てるわけがない。あ、いや、急所とか目潰しとかあるけども、それを鑑みても……ねぇ。

「さぁ、どうかしら? ぐだぐだ言ってる暇があったらかかってきなさいよ。このドヘンタイ神父」
「少々心外な言われようだが……まぁいい。泥を浴びて、苦悶の中で死ね。凛」

 あら、『ドヘンタイ』は心外だったんだ……それはおいといて。綺礼の声と同時に、その足元に溜まった泥がまるで生きてるみたいに盛り上がった。まるで触手みたいに何本もにゅうと伸びて、一斉にわたし目がけて地面を駆ける。

「誰が浴びるか、こんなもん! Es last frei.EileSalve――!」

 素早くゼルレッチを翻す。並行世界から貰い受けてきた魔力を刃に変えて、泥を次々に叩き斬る……というよりはあれだ、ビームサーベルで焼き切ってるって感じ。光る刃にぶつかった泥が、じゅうじゅう音を立てて蒸発していく。

「む……」
「浴びてたまるか、こんなくっさい泥なんて!」

 海の波みたいに次々と、泥の触手たちがわたしに襲いかかってくる。わたしはゼルレッチを振るい、別の世界から魔力をすくっては放つ。腱が切れる音が聞こえてくるけれど、それに構ってはいられない。一歩、また一歩とわたしは綺礼に近づいていく。あのエセ神父を倒す為に……世界、はともかく、あの赤毛の大馬鹿者を守る為に。

「ならば、これはどうだ」

 あくまで冷静なワ・タ・シを装う訳ね、アンタ。まぁそれはともかくとして、綺礼は自分の周囲の泥をかき集めた。こ、これはひょっとして……ラスボス得意の2段パワーアップ!?

「……あまり、あれの力は使いたくなかったのだがね……これでも聖杯戦士としての意地がある。そう簡単に、敗北するわけにはいかんのだよ」

 いや、こっちとしては簡単に負けて欲しいんですけど? そんなことを考えている間にも、綺礼の身体は再び黒い布に包み込まれていく……っていうか、何か巨大化してないかー!? こっちには巨大ロボはないんだぞ、反則よ反則ー!

『――行くぞ、凛』

 うわー、綺礼だったはずの相手が黒い影の巨大版になってしまってる。そこから響く声は綺礼のものだけど、くぐもって上手く聞き取りづらい。
 だけど、負けない。聖杯戦士であるわたしの手の中には、鞘の主である士郎が投影してくれたゼルレッチがある。わたしと士郎は最強のコンビで、カップルで、タッグだ。こんな奴相手にしたって、負ける訳がないんだ!

「こっちこそ、行くわよ綺礼! たあ――――っ!」

 怯んでなんかいられない。わたしは床を蹴り、大きく飛び上がった。ぐいと大上段に振りかぶったゼルレッチに、引っ張り込んできた魔力を全部刃として乗せる。ついでにわたしの魔力も叩き込んで、黒い影に負けないくらい巨大な刃を作り出してみせる。と同時に綺礼……だったものが、一斉に沢山の黒い布をわたし目がけて解き放ってきた。

「ぐ、ぅあ……っ!」

 ああコノヤロウ、嫁入り前の玉の肌に傷つけやがって! 士郎はそんなこと気にしないかも知れないけれど、わたしが気にするのよわたしが! この傷の分も魔力を上乗せして今、必殺の一撃!

『OOOOOOOOOH――――!!』
「……Eine,Zwei,RandVerschwinden――――!」

 黒い布が殺到する中、わたしは呪文を叫びながらきらきらした刃を力一杯振り下ろした。ざく、ざく、ざくと威勢のいい音を立てて布は引き裂かれ、解け、灰にもならずに消えていく。そして、光の先端は、わたしの狙い通りに黒い巨人の胴体を真っ二つに切り裂いていた。
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