マジカルリンリン20
『ぐ……がは……』
見えた。黒い布に包み込まれるように、そこに存在する綺礼の姿。胴体の真ん中から泣き別れした黒い巨人の、その中心に。
アレで、最後。
「綺礼!」
そいつの名を叫ぶ。はっとして振り向いたそいつに向けて、わたしは宝石剣もどきをぽいと放り投げた。アレを倒せば、もうこんなもの要らなくなるから……そして。
「――――Welt,Ende」
アーチャーのブロークンファンタズムと似て非なる崩壊。あいつは投影のイメージを歪めて崩壊させるけど、わたしはゼルレッチのコアになったアゾットに命じて崩壊させる。いずれにせよ、その崩壊により解き放たれた魔力は暴走し、爆風となって標的を襲う!
『――――――!!』
吹き乱れる爆風の中に、綺礼はもみくちゃにされていた。全身が黒い布とごっちゃになって、ざらざらと解けていく。そんな中でもあいつは、わたしをいつもの不敵な顔で見つめて、そんでもって笑いやがった。
『――遠坂凛。お前が、祭司だ……聖杯を前にし、その責務を果たすがいい』
「はん。あんたに言われるまでもないわ……あんたの望みは叶わない。あいにくだったわね」
何故だかはっきりと聞こえてくる綺礼の声に、わたしはふんと胸を張って言い返す。ああ、あの男はそういう奴だ。あいつはどこまでも言峰綺礼で――わたしの後見人で、兄弟子で、――敵で。
『――』
最後にほんのちょっとだけ笑って、綺礼は黒い布ごと消滅した。そんな人間がこの世界に存在したことなどなかったかのように、跡形も残さず。
- interlude -
俺は、じっと2人の戦いを見つめていた。……いや、見ていたって言うのは間違いかもしれない。だってまぶたは重くて、顔は血で汚れて、視界がものすごく狭まってるから。
もう、動けなくなっている。全身のあちこちから剣の切っ先が突き出して、ほんの少しでも動こうものならどっかの先端がどっかの皮膚を食い破る。アンリ=マユと繋がったままの俺の魔術回路は際限なく暴走して、俺の身体を内部から破壊していく。……脳と心臓がまだ無事なのが不思議なくらいだ。
「――衛宮士郎。凛が勝った」
俺がよく見えなくなっているのを分かっていたのか、アーチャーがぼそっと呟く。うん、そうみたいだ。何か赤いのが立ってる……ような気がする。見えないけど……でも、分かる。あれは遠坂だ。
「……ろう? 士郎!」
ほら、声だってちゃんと遠坂の声だ。近づいてくる足音が聞こえる。良かった……ちゃんと勝ったんだ。ってあれ? 何だか足音が怒ってるような気がするけど、何でだ?
「士郎! これは一体どういうことよ!?」
いったいどうって……ああ、俺の身体のことか。そりゃそうだよな……戦う前はせいぜい肩から2本突き出てたくらいなのに、終わってみたら全身あちこちがトゲトゲになってるんだもんな。それに血まみれだし……そうか、それで遠坂は怒ってたのか。大丈夫だって言ったはずの俺が、こんなことになってしまってるから。
「……ごめん、な……おれ、もう……」
ああ、上手く喋ることもできない。肺は片方やられちまってるし、そのせいで喉に血が溜まってる。げふっと咳き込むと、大きな赤黒い固まりがどっと落ちた。ふぅ、これで少しはちゃんと喋れるかな。
「そんな……何でよ!? 大人しくしてたら、治まるんじゃなかったのっ!?」
「……近寄るな!」
遠坂が俺に腕を伸ばそうとしたから、慌てて押しとどめる。次の瞬間、俺の腹から新たな剣がばきりと突き出した。よし、遠坂に怪我はないみたいだ。良かった、間に合って。
「……士郎!」
「……そんな顔、するなよ。勝ったんだろ、遠坂……おめでとう」
必死で視界を覆う血を拭う。腕のあちこちにも剣が突き出てて、顔を拭うだけなのに右腕はまた新しい傷が増えた。
それで……何で遠坂、泣きそうな顔してるんだよ? 勝ったんだぞ。アンリ=マユの野望を挫いたんだぞ。笑ってくれよ。俺は遠坂の笑顔が見たいんだよ。……ああ、でももう、見えなくなるから、関係……ないの、かな。だけど……遠坂には、笑っていて、欲しいな。いつもみたいな、自信満々の、笑顔。
「め……めでたくなんてないわよ、この馬鹿! 何で……あんたが、そんな……」
……遠坂。俺のことはいいんだ。遠坂が勝ったんだぞ。それは素直に、喜んでいいんだ。俺は……自分自身を守りきれなかった、自業自得なんだから。
「……ごめんな。馬鹿で」
でも、遠坂を泣かせたのは俺だから、謝る。今謝らないと、もう永遠に謝れそうにないから。……意識が、朦朧としてきてる……遠坂のために、俺ができること、やらないと。
「そうよ、馬鹿よ、大馬鹿よ! 一緒にお花見するんでしょ! 花見弁当、作ってくれるんでしょ!」
そういえば、イリヤに会う為にアインツベルンの森に入った時にそんな話してたっけな。うん、花見弁当、作ってやるって言ったな、俺。
「――――ごめん。結構、味付け、自信あったんだけど」
だけど、もう作ってやれないから、また謝る。頭の中が真っ暗になっていく……意識が無くなる前に、俺は俺の役目を、果たさなくっちゃ。遠坂がここまで頑張った、ご褒美に。
幸い、大聖杯と繋がったままだから俺の中には魔力が溢れてる。溢れすぎてどんどん俺の身体を壊していくほどの魔力があれば、鞘は顕現できる。さぁ遠坂、これはみんな、お前のものだ。
「祭司登録、変更」
「……え?」
俺がぽつりと呟くと、遠坂がはっと目を見張った。もう泣いていたのか、遠坂……その涙、拭ってやれなくてごめんな。俺の手、もうこんなに血で汚れてしまってるから。だから……せめて、俺がやってやれることだけは、ちゃんとやるから。
「……聖杯戦士、マジカルリンリン……固有名……『遠坂凛』を……祭司に、登録……」
まっすぐに遠坂を見つめながら……もうほとんど見えなくなってるけど……自分に言い聞かせる。操り人形にされていた時に、俺は言峰を祭司として登録させられていたらしい……だけど、俺が聖杯の力をプレゼントしたいのは、遠坂だけ。イリヤもきっと分かってくれる――どうか、笑って受け取ってくれ。俺の大事な人。俺も、笑って逝くから。
「――投影開始。展開、全て遠き理想郷」
両腕を前方に掲げながらそう唱えた瞬間、俺の意識はブレーカーが落ちるように、暗闇に落ちた。
- interlude out -
- interlude -
地下深くの空間が、一瞬にして光の球に包まれた閉鎖空間に変わる。ここは『全て遠き理想郷』……シロウの身体に眠る鞘が作り出した、究極結界の内部。だけど、ここまで完璧な発動は今までの記録にもないんじゃないかしら? 前回の結界は、セイバーの必殺技を貫通させたっていうし。
この空間にいるのは聖杯であるわたしと、わたしの守護者であるアーチャー。それに祭司であるリンと、鞘の主たるシロウ。そのうち、シロウはもう人の姿をほとんど留めていなかった。全身は内側から生えた剣に覆われ、出来の悪いオブジェのようになってしまっている。掲げられた両手の上で輝いているのは、この空間を形作る鞘……アヴァロンを投影したものだ。剣のオブジェが鞘を掲げる……ああ、なんて駄作。
聖杯の器にマナが満ちる。大聖杯から流れ込んだ魔力からアンリ=マユの泥が取り除かれた、全く無色のチカラ。これが根源に通じる穴を開け、人の願いを叶える源。……くだらない欲求が生み出した、くだらない結末。
「――おめでとう、リン。あなたが聖杯の力を手に入れた、権利者……祭司よ」
アーチャーを従え、ゆっくりと歩み出しながら一応の祝辞を述べてみる。鞘の台と化してしまったシロウを目の前に呆然と膝立ちになっていたリンは、わたしの声にはっと正気を取り戻して振り返った。その顔は涙に濡れて、目はわたしほどじゃないけれど真っ赤。元々リンのイメージカラーは赤だけど、こんな赤は見たくなかった。
「……なにが、おめでとうよ……」
地獄の底から響くような低い声で、リンが答える。わたしは感情を顔に浮かべないまま、よろりと幽霊みたいに立ち上がるリンをじっと見つめ続けた。そう、あなたには立つべき脚もある。何かを抱きしめる為の腕もある。そして、自らの想いを外にあふれ出させる為の口だってある。そこで跪いて嘆いているのは、あなたには似合わないわ。
「喜びなさいよ。『願いを叶える』聖杯の力を手にする権利を得たのよ? 今なら扉を開けて向こう側に行くことだって出来るわ。魔術師としてそれは、最高の到達点じゃなくて?」
言葉にだって、感情なんか込めてやらない。わたしの言ってることは、この冬木の地に大聖杯を作り上げたアインツベルンと、マキリと、トオサカが願ったことなんだから。トオサカ永人より6代、ついにその場所にまでたどり着いたんだから、魔術師ならば喜びなさい。
「ふざけないで。わたしはこんな結果を放り出して向こう側に行くほど、人間捨ててないわ」
『こんな結果』。リンの目の前に、無言のまま佇む出来の悪いオブジェのことを意味しているのだろう。だけど……魔術師として犠牲の1つや2つや3つや4つ、気にしてたらやってられない。このわたしだって……客観的に見れば犠牲者、の範疇に入るんだから。
でも、リンは優しい。魔術師としてそれは致命的……だけど、そんな優しいリンだからシロウは惹かれたんだろう。うん、シロウ、いい人に想って貰えて良かったね。
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