エピローグ
「ふぅ」

 山道はさすがに堪えるわー、と思いながらわたしは上り坂をてくてくと上がっていく。両手にはコンビニ袋、中身はいわゆるスナック菓子の類。大人数で食べるならこういう奴が一番良いのよね。
 さわ、と風がわたしの髪を揺らす。ふっふっふ、丁寧なヘアケアが幸いしてわたしの黒髪は枝毛もなく切れ毛もない。魔力を溜め込むために伸ばしてる、なんてことを知らない一般人に対して、この自慢の黒髪はわたしのチャームポイントの1つでもあるのだ。

「……春だなぁ」

 風の中にひらり、と舞う小さなピンク色の花弁。その流れてくる先に目をやって、わたしははぁと感心のため息をついた。
 山桜っていうのはソメイヨシノと違って、葉っぱと花がほぼ同時に出てくるんだそうだ。で、出たての葉っぱが赤っぽい色してるから、遠目にはソメイヨシノより赤く見える。なるほど、確かにこうやって見ると微妙に赤っぽいわ、あの桜。

「リン、こちらです。お帰りなさい」

 名前を呼ばれたのでそっちに視線を移す。そこに立っていたのはライダーだった。すたすたと近寄ってくると、彼女はわたしの提げていたコンビニ袋を1つ持ってくれた。

「ただいま。持って貰って悪いわね」
「いえ。ふむ、スナック菓子ですか」
「ええ、お弁当はわたしの担当じゃないでしょ? だからわたしは、お菓子の担当」
「そうですね」

 言葉数の少ない彼女と一緒になると、どうしても話題が途切れる。ま、わたしもそんなにおしゃべりじゃないし、正直ちょっと息が切れてる。どうしてこんなところを選んだのだろう、あやつは。

「人が来ないそうですから。結構穴場、なんだそうです」

 わたしの考えを見透かしたのか、ライダーが答えてくれた。なるほど、まさか柳洞寺の裏山なんてあまり人来ないよね。地元民でもあまり知られていない、隠れた名所。魔術師軍団の花見にはちょうど良い場所なのかも知れない。

「へぇ……で、他の連中は来てる?」

 ほんの少し時間に遅れてるわたしがそう尋ねるのも変だけど、聞いてみた。そうしたらライダーは、少々不満げな顔になって答えてくれる。

「はい、大体は。お酒と弁当の担当がまだですけど」
「……あーそう……」

 何だ。まだ来てない奴がいるのか……あー良かった。って安心してる場合じゃないか。確かお酒は……ああそうだ、藤村先生の友人のご実家から提供して頂いたんだっけ。

「……お酒って、どのくらいの量持ってくると思う?」
「さぁ? 飲み切れなければテイクアウトするまでですが」

 ものすごーく怖い考えになってしまったわたしに、しれっと答えるライダー。ううむ、藤村先生の知り合いだからってまさかトラックで持ち込み……なんてことはないか。ここは道が不自由だ、トラックなんて入ってこられないし。

「あ、姉さん! お帰りなさーい」
『お帰りなさーい』

 桜の木のそばまでやってくると、1人の号令と共にその場にいた全員が唱和する。号令を掛けた当人……わたしの妹は自分と同じ名を持つ木の下に大きなビニールシートを敷いて、その上に小次郎と一緒にちょこんと座っていた。回りには酒もないのに盛り上がってる藤村先生や、静かに花を眺めているキャスターと葛木先生、そしておつまみの筈のさきイカを必死に食い散らかしているセイバー。それを見て呆れてるバゼットとイリヤスフィール、2人にお茶を出しているリーゼリットとセラの姿がある。本来ならば顔出してきそうな生徒会長殿は、本日は何やら忙しいとかで不在。よし、険悪な雰囲気は逃れた。

「ただいま、お待たせ〜。ちょっとセイバー、食べるんならこっちのポテトスナックにしなさいな。これはアンタの分だから」
「ほむ? あ、ああ申し訳ありません凛、助かります」

 いや、だから誰も取らないから。わたしがコンビニ袋から差し出したポテトスナック大袋を大事そうに抱えるセイバー。あぅ、餌付けしてるみたいだな、わたし。

「リン、まるでセイバーを餌付けしてるみたいよ?」

 ええいこのしろいこあくま、わたしの考えていることを口にするな。ほら、スナックを口にくわえてセイバーが不思議そうにこっち見てるじゃないの。ライダーもそんなジト目でわたしを見ない!

「セイバー、食べ方、美味しそう」
「リーゼリット、そのはしたない態度はおやめなさい」

 2人のメイドーズの会話を聞き流しながら、わたしはとりあえずシートの上に腰を下ろした。後は酒やらドリンクやらの担当が戻ってくれば、本格的にここは宴会場、という名の修羅場になる。いや修羅場になったら困るけど。まぁ、そうなったらさっさと安全地帯に退散するだけだし。

「にしても、士郎まだなの? 遅いわねぇ。どこほっつき歩いてんのかしら」
「……そうですねぇ。先輩、遅いですね」

 ついつい、この場にいない朴念仁のことを愚痴る。桜もため息をついて……ああいけない、何だか雰囲気が暗くなった。何とか持ち直さないと。

「はぁ、それにしてもこっち、ごたごたとかなかった?」
「それなりに。ですけど、何とかなっちゃいました。バゼットさんや聖杯戦士のみんなも手伝ってくれましたし」

 肩をすくめながらぺろっと舌を出す桜。そうか、何とかこちらの方の後処理は終わったのか。それは良かった。

「姉さんの方こそ、何だか大変だったんじゃないですか? わたし、向こうのことは良く分からないんですけど」

 逆に桜からそう尋ねられて、わたしはそうね、とちょっぴりため息をつく。いや、その大変が終わったから帰って来られた訳なんだけども。


 さて、何がどうなったのか、その顛末を回想してみよう。
 アーチャーが大聖杯の蓋を閉じたことでその機能は停止。聖杯は多分だけど、もう二度と出現することはなくなった。そのおかげで冬木市は、ようやく平穏を取り戻した……わたしたち聖杯戦士も、その役目を終えることとなった。

 ……のだが、わたしの方はそれで終わってはくれなかった。予想通りというか、魔術協会から難癖がついたんである。
 冬木市は遠坂が管理してる。だけどそれは魔術協会がここを管理していいよ、って言ったからで、別に所有物でも何でもない。
 で、魔術協会の大原則『あらゆる神秘は秘匿しなければならない』をまぁ、わたしたちは破っちゃったわけだ。
 キャスターは一般市民から精気吸い上げてたし、ライダーは学校で鮮血神殿展開したし。まぁ、これは『アンリ=マユ』のせいだったんでどうにか言い訳できた。
 封印指定狩りとして優秀だったバゼットが負傷して、事実上の引退を余儀なくされたってこともいちゃもん付けられたけど、これはバゼット自身が当局相手にどうどうと渡り合ってくれたおかげで不問。
 でもって、最大の問題がやっぱりというか何というか、の『根源の渦』、即ち向こう側への孔の発生だった。大聖杯に突入する直前の会議でも問題になったわけだけど、つまり協会のお偉方は自分たちの監視下でないところで孔を空けた上に閉じちゃった、ってことに大変ご立腹なわけだ。だったら綺礼よりもっとマシな監督役送ってきなさいよ。

 ま、そういうわけでわたしは、魔術協会の総本山・英国ロンドンは時計塔まで連行。定員300人だかの会議室の中心に弾劾裁判の被告として立たされてしまった。一応バゼットも言い訳を考えてくれてたんだけど、あの頭のお堅い連中にはなかなか通じなくて……ごめんねバゼット、余計な苦労掛けて。
 しかし、あれは見物だった。時計塔の各部門長はぞろぞろやってくる、遠坂の後釜の利権拾いにいそいそとはぐれ魔術師はやってくる。あんたら自分たちの研究はどうでもいいんかい、と人のことを気にしている暇なんかなかったわね。
 こうなりゃ、協会と反目してる中東圏に逃げ込むか、それともどうにか日本に戻って徹底抗戦だー、なんて覚悟して脱走準備までしたんだけどそこはそれ、捨てる神あれば拾う神ありってやつだった。
 わたしの弾劾裁判やってる会議場に、とっても珍しいお客人がご登場召されたのだ。

「いやいやいや、弟子の不始末はワシの責任でもあるな」

 とひょっこり現れたのは、以前にわたしの夢にご出演なさったあの爺さんだった。この爺さん、時計塔のお偉いさんよりちょっとだけ偉いお立場だったりしたので、わたしに掛けられた罪状をみーんな無しにしてくれちゃったのだ。うぅむ、持つべきものは良い師匠。いや直接の師匠じゃなくて大師父だけども。
 もちろん、罪状を帳消しにするからにはそれ相応の代価が必要。どこぞの錬金術師同様、魔術師の世界だって等価交換。士郎みたいな詐欺は置いておいて。
 で、その代価はというと……爺さんの爆弾発言一発。

「ふむ、良かろう。では、弟子を取ることにする。教授するのは3人まで。各部門、協議の末見込みある者を選出せよ」

 これは効いた。何しろ相手は5人の魔法使いの1人で、普段はふらふらあちこち飛び回ってて行方が知れない相手。それが現れて、おまけに自分から「弟子を取ってやる」宣言である。まぁ見事に、会議場を大混乱に陥れてくれた。わたしみたいな小物のことなんてどうでも良くなって、各自が自分の部門に駆け込んで連日連夜、爺さんの弟子選抜大会が繰り広げられることと相成った。ある意味魔術師の利己主義が幸いした、と言うか。
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