紙飛行機が飛んでいた―――





「ああ、あれは『願い羽』だよ」
 店先で呼び込みをしていた青果店の女性が話しかけてきた。
 多分不思議そうな顔で紙飛行機を見上げていたのだろう、笑いながらその女性は話してくれた。

 それはいつ誰が始めたかはわからないが、気付いたら行われるようになっていたこと。(確か合併して数年経った頃だったような気がするねぇ、との事)
 白い折り紙に心に決めた事を記し、それで作られた紙飛行機の事を『願い羽』と呼ぶこと。
 そうして作られた願い羽は、高台から草原へ向けて飛ばすこと。
 大抵は草原まで届かないのだが、たまに届く事があるみたいだということ。
 その飛ぶ様は決まって「まるで本物の翼でもあるかのように風に乗っていく」ということ。

「だからさ、私なんかはこう思ってるのさ。『その願い羽を飛ばした人の思いってのは本物で、その人の心には羽が生えてる。だからその心の羽が願い羽に乗り移って、それで風に乗って飛んで行くんじゃないかな』ってね」
 そういって女性は、照れくさそうに笑った。
「それでね、私らは途中で落ちたのを見かけたら草原に向けて飛ばしてあげるのさ。それを飛ばした人の決心が本物になるように、あんたの想いを助ける人間もちゃんといるんだぞ、ってね」
 なるほど、そんなのがあるとは知らなかったな。などと思っていると
「という訳で。さ、なにか言うことがあるんじゃないかしら?」
 いたずらっぽく笑いながら言われた。そんな風に言われたら、返す言葉は一つだよな?



 代金を支払ってリンゴが山盛りになった紙袋を受け取ると、リンゴに隠れて薄っぺらい何かがあるのに気付いた。
「おまけだよ、もらっといてちょうだいな」
 笑顔でそう言うので、ありがたくいただくことにした。
 そんなやり取りをしていると「おかーさんただいまー!」という元気な声と共に男の子が走ってきた。
「おかえりー、よく遊んだかい?」「うん!」というような女性と男の子のやり取りを微笑ましく見ていたがあまり長居しても迷惑と思い、お礼を行ってその場を後にすることにした。


 背後から母子の「ありがとうございましたー!」という声を聞きつつ、これからどうしようか考える。
 今日は突然出来た休みの為、特に予定もないのだ。
 うーん、そうだなぁ。折角だし、さっきの紙飛行機――願い羽と同じ所を目指してみるか。
 そう思い、草原に向かう事にした。



 程なくして草原に到着した。
 気持ちのいい風が吹く場所だった。風に乗って香る草の匂いが爽やかさを運んでくる。
 一息つこうと思い、なだらかな斜面になっているところに腰を下ろした。
 先ほど買ったリンゴを1個、紙袋から取り出してかぶりつく。
 心地いい音と一緒に、甘みと程よい酸味が口の中に広がった。この味であの値段なら、かなりお得な買い物だった。

 

 心とお腹が充実したためか軽い眠気が襲ってきたので、思い切って草原に寝ころがってみる。
 鼻には草や土の匂いが香ってきて、目には白い雲が浮かぶ青空が映った。
 肌には心地いい風が当たって気持ちいい。風に揺れる草が当たってくるのが少しこそばゆいけど。
 目を閉じそれらを感じていると、自然と力が抜けてリラックスできた。